2016年01月31日

こういう時どう対処する?

1月28.29日:
 前回、前々回に引き続き、アジア比較教育学会の中でのちょっとしたエピソードを書いていこうと思います。

 学会の中では、8個の教室に分かれて主な発表が行われるため、セッションの度に部屋を移動する必要があったり、食事やおやつなどは基本的に各自で取りに行く形式だったりなどで、私は常に誰かと一緒に行動していたい雰囲気の場所でした。
そんな中、確率としてはもっとも多く私を連れて歩いてくれていたのが、博士課程の日本人男性で、以前にもインクルーシブ教育勉強会で会ったことが有る、むこうも途上国の障害児教育を専門としている人です。

 さて、28日のディナーの時、各自で食べ物を取りに行く形式なのですが、その人が私を連れてレーンに並び、私用のトレイをまず持って、どんな食べ物があるか説明しながらよそってくれてたんですね。
そんな様子を見た日本人の先生が一言、「●●君、えらいね、石田さんのことちゃんとケアしてあげてて」。これをおっしゃった先生は今回私と初対面で、数言しか交わしたことがない人です、一応「ボランティア論」など教えてるらしいですが……。
私を手引きしてくれてた人は明らかに気まずそうな反応してて、食べ物を取り終えてその先生などもいるレーンから少し離れて席へ戻る時、「何か…ごめんね」と。言いたい意味は分かるので、私は気にしてないですという意味を込めて笑顔で返すのですが、互いに何だか気まずくなるのは否めません。
 その後、席に着いて食事を始めてからしばらくした時、手引きしてくれてたその人が、さっきの話しを改めて出してきて。「俺別に、ケアしてるつもりとかないし、面倒見てあげてるとかそんなつもりじゃないんだけど、周りはああいう風に言うから…」
ちょっと返答に困った私はポイントをずらして返します。「まあよくある話ですよ。大学の時に私と友達で出かけてたら、道聞いてきたおばさんが、その友達に、土曜日までボランティア活動してえらいねぇって言ってたことありますからね」
「ああいう時にさ、何かいい返答法ってないのかな」…と言われたのですが、そう言われると私は、こういう状況かでの返答法は考えたことがありませんでした。

 さて、このブログを読んでくださってる皆さんの中には、障害者や福祉関連のお仕事をなさっている人たちが沢山いるだろうと予想してます。本人たちは平等な友だち関係のつもりで、障害者と健常者が何気なく一緒にいる時に、
周囲から「面倒見てあげててえらいね」などと、彼らにとっては悪気なくそう声をかけられた時、その相手に対して、反論では無く、関係を悪くすること無く、「私たちは平等な友だち関係ですよ」と返答する方法はないでしょうか?
これはね、たぶん障害者側が言うと痛いので、健常者側に言ってもらうしかないんですけどね。
 いいえ、正確に言えば、ビュッフェ形式でトレイを持って移動するなど、明らかに視覚障害者が不利な場所では、面倒を見てもらっているというその構図はあながち間違ってはいないんですけれど。
ただ、私たちが能力を十分発揮できる場所ではそのお返しをしていることもあって、本人たち同市はそのギブ&テイクを認識しているのですが、周囲は障害者が障害者らしくいる瞬間を、ここぞとばかりに見つけてるだけなんですけどね。

 その反対で、理想的な関係性ができあがりつつあるのが、フィリピン大学の教育学部の先生方の接し方です。
私の家から今回の学会の会場までは車で片道1時間半くらいかかるので、行き帰りは、主催者代表でもあるフィリピン大学の先生が、タクシーでうちの家に寄って、私を一緒に連れて行ってくださってました。
でも、まあこの先生は主催者側で忙しいということもありますが、会場に着けば別にずっと面倒見てるわけでもなく、誰かに任せてその先生は自分の持ち場へと行きます。その先生の元学生で、今は研究者となっている人たちなどが、何となくおやつの時間の時に私がちゃんと飲み物などもらえてるかを気にかけてくれてたり。
教室移動で込み合ってるエレベータに乗った時、「あら由香理じゃない、こっち余裕あるからおいで」と、主催者のもう一人の女性の先生が、エレベータの奥の方のスペースに引っ張り込んでくれたり。
2日目の内容が終わって帰る時になると、昨日一緒に来てくださった先生が、由香理はどこ行ったとさりげなく探してくださってて、また連れて帰ってくださったり。
誰かがつきっきりで面倒を見る、責任を持つとかじゃなくて、まあたまに忘れられてることもあるんですけれど、それでもフィリピン大学の先生方や研究員の人達が、かわるがわるさりげなく頭の片隅で気にかけてくれてて。
私が誰かと一緒に移動できてるかどうか、食べ物や飲み物もらえてるかどうか、何となく誰かが見てくれてるんです。自分の行動のついでで手が空いてる人がサポートしてくれるので、そこまで負担な感じでもないですし。
 今まで、お仕事の打ち合わせや会議参加などを通して何度かフィリピン大学の先生方と関わってきて…、たぶん私が伝えたいことが正しく伝わった、先生方がそのまま受け止めてくれた…、その結果、教育学部の人達とはかなり理想的な関係が築けつつある気がします。
そう思うと、けっきょく「どう返答するか」とかの言葉の問題じゃなくて、一瞬で解決する者ではなくて、初対面は「ボランティア活動ご苦労様」と言われても仕方がない、時間をかけてどう行動で示していくか…なのでしょうか?
posted by Yukari at 20:41| Comment(1) | 日記
この記事へのコメント
それはお互いに気まずい瞬間でしたね。言った空いてはなんの悪気もないところがさらに気まずい。
障害者に対しての考え方や接し方がそもそも国民性によって違うとかはないでしょうか?
私もよくサポートをしてくれる人がいれば周りはかってにその人を私の担当みたいに決め込んでやたらとセットにしようとされることがあります。お互いそんなつもりはないからそれこそ気まずかったりして。
その点外国の方のほうが自由にかかわってくださるような気がするのです。
この微妙なニュアンスをわかりやすくマイルドに伝えられる方法、私も知りたいです!
やっぱりゆかりちゃんの言うとおりじっくりコミュニケーションするのが1番なのかな?
Posted by ゆか at 2016年02月01日 05:13
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