2016年04月05日

とにかく先輩方の意見や経験聞きたい

3月29.30日:
 最近、フェイスブックやメールなどで突然私から「もしよろしければお話を聞かせていただけませんか?」と連絡を受けている社会人の人達が10人ほどいます。視覚障害者が大半ですが、その他途上国の障害児教育に関わっている人たちなどです。
何度か会ったことがある人たちも中にはいますが、フェイスブックで繋がっているだけ(知り合いを介して名前やちょっとした噂だけは効いている)くらいの人にも突然連絡して会いたいと言ってるので、我ながらこれ知り合いじゃなかったらまるで出会い系の怪しいメッセージみたいだなぁと思いながら送ってます。
具体的に、このトピックについて質問したいとか、この話しが聞きたいとか、そこまではっきり定まっているわけでもないんです。念のため付け加えておくと、実はその人を介して誰かに繋いでほしいとか、そういう裏の目的も一切ありません。私、会いたい人には正面から行きますから(笑)

じゃあなんで先輩方めぐりをしているのか、うまく説明できないんですけれど、自分が次のステップに進むためには、先輩方の経験や意見などをとにかく聞いて、取り入れるものは取り入れて行きたい、あるいは視野を広げて行きたいなって思ってます。
イギリスにいた最後のころから言い始めていることですが、自分をアピールするのはいったんお休みして、あるいは路線変更して、なるべく偏見なく純粋に先輩方の話しに耳を傾けてみたい、自分が他者から話しをどこまで引き出せるか、その能力身に付けたい…みたいなこと、私1年くらい前からここで言ってますよね?
 その理由となったものの一つは、ある有名な視覚障害者の講演会での発言を文字にしたものを読んだことです。私はイギリスにいたので、その講演会を実際に聞いてはいないんですけれど、障害者こそ逆境に立ち向かって行くべきだ、逆境にどんどん飛び込んで社会を切り開いていくべきだ…みたいなこと言ったんですね。

うーん、こういう発言を名のある障害者が講演会でするのはまずいんだよなぁ…と。何と言うか、この人自身はものすごく活動的な人で、ちょっとのことでは心折れない、そういう開拓が好きな人だからいいんですけれど…。
世の中、みんなその人ほど強くない。有名で活動的な障害者が、「障碍はこうすべきだ」みたいな発言したら、苦しくなってしまう人達がいます。かえって、逆境に立ち向かえない人たちは、社会に参加して行きづらくなってしまいます。
自分自身の考えと、障害者としての意見は分けなければいけない、自分の経験は障害者全てには当てはまらない、そして自分が障害者として新たな社会参加の道を開拓してきたからと言って、周囲のみんなに同じことを求めてはいけない…そんな気がします。
 とっても失礼で生意気な話ですが、私はこの講演会の内容を読んだ時、気を付けようって思ったんです。私も最近、講演会に招いていただいたり、雑誌などに記事を投稿させていただく機会が増え、自分が思っている以上に発言力を発揮する場合があります。
また、途上国駐在のNGO職員という、障害者ではあまり前例のない道を行っている結果、私の事例や意見が障害者の代表みたいな扱いをされたり、障害児を持つご家族の方からアドバイスを求められることもあります。だからこそ、適当なことは言えない、発言は慎重に行わなければいけないと思い始めてます。

 こういった拝啓も踏まえて、先輩方は自分自身の考え、そして障害者としての意見や体験をどのように話すか、たとえばメディアからの取材依頼が来た時にどう考えてどう対応するか、自分の立ち位置をどう認識しているか…などを、各自見てみたいんです。
もちろんそれだけじゃなくて、社会人として働いている、私より長く生きているということは、みんなそれぞれにいろんな経験をしているでしょうし、工夫もあると思います。だったら、日本にいる間に聞かないと、知らずに終わったらもったいないじゃないですか!!
 というわけで、29日に一人、そして30日にも一人会って、色々と学ばせていただきました。

 とくに29日に会った方とは、なんと4時間半も話し込み…、元々私と意見や考え方など近かったこともあって、私の中でモヤモヤしていたものが幾つかきれいに片付きました。
その人の言葉を使うと、障害者の新たな社会参加の可能性を広げて行くことを「獣道の開拓」、そして障害者にとって働きやすい、あるいは参加しやすい環境へと整えて行くことを「道路の舗装」と言っているのですが。この二つを同時期に両立していくことはほぼ不可能だから、分けて考えた方がいいと。
たとえば去年度のように、障害者初の外務省インターンに選ばれて途上国駐在職員として働く、こういうのは「獣道の開拓」ですね。この時は、もう道を切り開いていくことに集中して、将来応募するかも知れない後輩のために、月次提出書類は視覚障害者が記入しやすい形式に配慮してもらうよう交渉しなきゃいけないんじゃないかとか、そんなことは考えなくていい、とにかく自分が生きぬくことを目指せばいいと。
一方、講演会に呼んでいただいたりメディアに発言することなどは「道路の舗装」に当たります。これは全ての障害者たちが(頑張らなくても)参加しやすい社会へと道を平たんに歩きやすく整えることが目的ですから、一部の行動力が有り余った人たちだけに当てはまるような発言や偏った主張は厳禁です。
もう少し言うならば、もはや「障害者」として意見などを求められているならば、自分自身の話しとは完全に切り離して、実体験などはむしろ語らない方がいいくらいですね。こういう意見もありますしこういう声もあります、統計としては…など、様々な視点を提供できたら理想です。
 私にとっては、その先輩も尊敬している先輩方の一人なのですが、1番謙虚なのがこの人だと思います。そして、スーパースターにはならないでねって言われました。
いわゆる、講演会やメディアで、自分はこんなにすごいんだ、だから世の中の障害者たちも自分を目指して頑張れって言ってる、当事者たちからドン引きされながら手の届かない存在へと昇って行く人達のことですね。
まあ単純明快な強い主張のほうが採りあげやすくて一般ウケするんでしょうけれど、私はスーパースターは目指さないなぁと。そもそも、金メダル取ったわけでも何かを発明したわけでもないので、実はフィリピンで活動してる以外は別に何の成果も出して無くて、スターになりようがないんですけどね。幸いなことに、これっていう採りあげるべき結果を何も出してません。
だからこそ、別に何って成し遂げて無くても講演会の場に呼んでいただけることだあってあるし、ナイフとフォークけっきょく使いこなせないままでも海外留学できるし、実は自分から外で人を呼び止める勇気はなくてもむこうから声かけてくれるから出歩けるし…、そういう、何って特別な能力なくても社会に参加していけるみたいだよ…っていう、気楽な道路舗装の活動していこうと思います。
posted by Yukari at 22:23| Comment(0) | 日記