2016年02月14日

誰か私にチョコレート……

2月13日:

 えっと?なんで明日の予定がないんでしょうか?誰か私にチョコレートくれてもいいんですよ?もらってあげます(笑笑)
ってか誰か相手にしてください…、バレンタインデーに部屋で論文書くとか、前日仕事でごみ処分場で働く人たちの案内とか行ってる場合じゃない、そろそろ売れ残り感出てきた26歳なのでした。
本にも書いたように、フィリピンのバレンタインデーの雰囲気って日本のクリスマスイブの夜ですからね、町とかショッピングモールや、ちょっと雰囲気のいいレストランなんかに行くと世の中カップルで溢れかえってますよ。ともすればペアルックで歩いてますし、帰り道の女の子たちは得意げに花束持ってます。
あ、基本的に女性から男性に渡すのは日本だけであって、他の国は普通は男性から女性にチョコレートと花束を渡す日ですからね。
 え、私ですか?…だから明日は1日部屋で論文書く、今日も仕事だったって言ってるじゃないですか。チョコレート?ありませんそんなの。

 さて、今日はまたもやフィリピンに住んでいる日本人たちを対象とした1日事業地体験で、私は朝から午後2時くらいまでの半日、通訳とアシスタントとして同行していました。
最初、参加者の皆さんに団体のオフィスに集まっていただき、そこから車で出発します。今日1日ずっとメインでアテンドをする先輩と私が前半のスタッフです。
車が動き出してちょっとした後、先輩が私に小声で、「ごめん、ゆかりさん。私オフィスに携帯忘れたから、インターンの子にテキストして次の事業地に持って来てもらって」と。
「またですか?」と思わず私。この先輩、前回の事業地体験の時にもオフィスに携帯忘れて、前回はごみ処分場に行ってお昼頃になってから携帯ないことに気が付いて、さて携帯をなくしたのはどこでだろう…ってなったんです。
事業地体験の時って、スタッフ同市頻繁に連絡を取りあうんですね。私とこの先輩も家庭訪問で二つの家に分かれますし、あるいはごみ処分場の次に行く事業地に、計画通り進んでるから何時ごろ到着します…などと、こまめに連絡入れるんです。
そういう日に、メインでアテンドしてる人が携帯持って無いのは大惨事!!そしてなぜか、そういう携帯がもっとも重要な日に限って、オフィスに携帯を置き去りにする彼女。
 私からすぐ、オフィスに残ってるインターンの子に連絡入れて、その子が午後から行く二つ目の事業地に携帯を持って移動するっていう見事な連携プレーです。

 フィリピンでは、3月4月が乾燥してて風も吹かなくて本当に暑い、いわゆるサマーと呼ばれる季節になります。3.4月が本番ですが、バレンタインデーのころから急に夏が来て暑くなってくるんです。
実際昨日から、扇風機使ってても来る風がなまぬるくて、本当に暑い時には扇風機は涼しくないんだってことを実感させられるような気温です。ごみ処分場の家々、扇風機があればいいほうで、風通しもけっしてよくない、太陽照りつける道。そして気温が上がるとごみ山からのにおいも立ち込めます。
私たちはオフィスにもエアコンはないですし、うちの家にもエアコンがないので、こういう暑い中で日中外にいることもある程度慣れているのですが、普段日系企業や外交官としてクーラーの効いたきれいなオフィスでスーツ着て働いてる人たちは、たぶん今日1日私たち以上に疲れると思います。

 自分の中での前回の反省点を改善しましょう。前回の反省点、次の事業地の人との連絡などをするタイミングがつかめず、フィリピンの現地の人達が説明してる時に自分は携帯で同僚にテキストしてる…みたいな姿を見せることになってしまったこと。そして、お昼ご飯時にみんながシーンってならないように話題提供をする、それが何とも不自然になってしまうこと。
 ごみ山近くにある建物の屋上から、ごみ山を見ながら先輩が説明する時間があるのですが、こうしてみんながこっちを見て無い瞬間に、次の事業地にいる同僚にテキストします。
次の事業地が路上で育った青年たちがやっているパン屋さんで、時間短縮のため、事前に今日あるパンのリストを聞いて注文を取り、袋詰めしておいてもらって、現地で受け取りさえすればいいようにしてもらうのです。
パンのリストを携帯のテキストで受け取り、それを手元のブレイルセンス・ミニ(点字の電子手帳)に書き写したころ、先輩の説明も終了。さて、村を散策に出て、その後二手に分かれて家庭訪問、私が通訳として前に出る1番メインのお仕事です。

時間を決めてあって、私たちのチームはいつも先輩より3分くらい早めに戻ることにしているのですがこれも理由があります。先輩チームを待ってる間に、さっき取得した今日のパンリストを基に、自分チームの人達(5人くらい)からのパンの注文を取ります。
その間に先輩チームが帰ってきて、先輩チームの5.6人の注文を取ってる間に先輩は次のプレゼンの準備。準備が終わって先輩が話し始める時、私は後ろで、紙を壁に貼り付けるために、マスキングテープを切って両面テープを作る役に徹します。
 テープ作りが必要な量に達したら、先ほど取ったパンの注文を、次の事業地で待ってる同僚にテキストします。そのころ、質疑応答も終わって先輩のプレゼンが終了するので、私はプレゼンに使われた紙などを外す役、皆さんはお昼ご飯へ。
遅れてお昼ご飯に参加し、先輩がお水がなくなった人のために買いに行ってる間、何かしらで会話を続けます。まあでも今日の参加者の皆さんは、互いに2.3人ずつ知り合い…などが多かったので、会話は途切れないんですけれど。自分から提供すること諦めて、どこかで会話が生まれたらそこに入り込むことにしました。
 その後も、皆さんがお昼ご飯終わって談笑してる時や、フェアトレード製品を見たり購入したりしていて辺りがザワザワしている瞬間を見計らって、次の事業地で待ってる同僚に進捗を報告します。
 アシスタント3回目、そろそろ私と先輩の息もばっちりと言うか、どのタイミングで自分がどう動けば先輩が1番楽なのかっていうのが分かってきました。
posted by Yukari at 00:17| Comment(0) | 日記

2016年02月10日

人との出会いの大切さ

2月10日:

 去年の今頃でしたっけ、私たちの本の西村先生が執筆なさったパートが、中学入試に出題されて、掲載の許可を求めるお手紙をいただいて。そういう連絡が来ましたよっていうお知らせだけを受けた私は、てっきり自分の執筆カ所だと思い、
私の文章でさえなんと国語の試験問題になったぞって、高校時代の国語の先生に言わなきゃ…って思ってたら、西村先生から「残念ながら、使用されたのは私の執筆カ所です(笑)」って言われて拍子抜けしたこと!
 ところがですね、今年はついに、今度こそ私が執筆した部分が入試問題として使用されたのです!去年のこと覚えてる西村先生が、1年早く使用された余裕で、何だか、ついに石田さんの執筆カ所ですよ(笑)的なメール来ましたけどね。
 私の文章「国語」でいいのか…、日本の将来も心配になってきた(笑)。盲学校の国語の先生方は大いに異議を申し立てたいでしょう。ほら、もうこの時点で日本語間違ってる気がする…。

 最近、フェイスブックのグループで「石田ゼミ」というものができあがりつつあります。グループに入ってるのは、私以外はフィリピンに留学中の日本人大学生たちです。
 ICANでインターンをしている大学生が、もうすぐ留学期間を終了して帰国するんですけれど、とっても面倒見のいい頼れる先輩なので、後輩たちを沢山引き連れてるんですね。そんな彼女の後輩や同級生たちが、次第に私のところに回ってきたのです。
何と言うか、彼女のほうで対応できる相談事や情報提供は彼女の段階で行い、そこで対応しきれない案件が私のところに回ってきて、さらに私では情報不足などで対応できない場合、私からさらにもっと年配の人たちやフィリピン人たちに紹介する…みたいなシステムが自然とできあがりました。

2.3年生に関しては、フィリピンでやりたいことや興味、本人のスキルなどを聞いて、そういう人材を探しているNGOや団体などにインターンとして紹介してマッチングさせたり。日本の団体だけじゃなくて、私が知ってる限りフィリピン人たちに連絡取って、なるべくフィリピン人がやってる現地のNGOに送り込んでます。
4年生に関しては、各自の論文テーマに詳しそうな人を紹介したり、調査法やインタビュー・クエッションの作り方、どういう文献をフィリピンで確保しておくべきかなど、フェイスブックで送られてくるメッセージに返信したり。
ICUとは違い、一部の大学では博士論文しか閲覧できないらしくて、学士論文のイメージがつかめないから卒論見せろと催促されて…。えっと、修論は人に見せられるレベルなのですが、卒論のほうは今見るとつっこみどころ満載なので、見せるの恥ずかしい部分を削除したうえで、一部だけ公開するという約束になってます。
 大学で習ってない論文の書き方を相談できる…と、私のところに4年生集まってきますが…、実質、西村ゼミで習ったことに、サセックスで学んだことをちょっと付け加えて、そのまま横流ししてるだけです。そろそろ西村先生に著作権の許諾申請書送った方がいいかも知れません(笑)

 気を使ってくれてるのか、由香理さんお忙しいのにすごい面倒見いい、優しいっていうことになってて、大学生たち持ち上げてくれるんですけれど…、まあ、あれですね、小者はこうして「必要とされてる感」に安心して対だけですね。
本当に偉い人たちは、わざわざ自分の業績を他人に公開したり、自分はこういう知識をシェアできますよって一生懸命アピールしたりしないんですよ。

 今までも思っていたことですが、必要なタイミングで必要な人と出会えるかどうか、自分がやりたいことの可能性を広げてくれたり、その能力をうまく伸ばしてくれる人に出会えるかどうかって、人生の幅や可能性をものすごく左右するような気がしています。
私はきっと、人との出会いにはものすごく恵まれている方で。高校時代に恩師や点訳ボランティアの方々と出会えたこと、大学1年でフィリピンの人達と出会えたこと、留学の奨学金やその関係者に出会えたこと。
フィリピン留学中に、こっちの視覚障害の権力者たちに出会えたこと、日本の障害者雑誌に連載記事を書くという機会をいただいたこと。その記事連載を機に、私のやりたいことを応援してくれる人が増えて。さらに人から人へと紹介していただいて、ここ2年くらいで一気に広がった世界。
自分自身で作り上げた出会いって少なくて、ほとんどは人に紹介していただいた、そういう場を設けていただいた結果得た者です。贅沢すぎるほど、自分にはもったいないほど、可能性を広げるための出会いの機会をいただいていて。

 だから、後輩たちに、各自の可能性を広げるための出会いの場提供は、出し惜しみしないって思ってます。みんなそれぞれに能力持っててやりたいことややる気があって。それが表に出て輝いてるかどうかは、需要と供給がうまく出会えたかどうか、うまいタイミングでチャンスを掴んだかどうかの違いだけな気がするんです。
posted by Yukari at 18:02| Comment(0) | 日記

2016年02月08日

お手伝いさんやガイドを雇う資格

2月7日:

 今日は、私やICANでインターンをしている大学生など含め、女子5人、とあるジャパニーズ・カフェに集まります。2週間くらい前にも、フィリピンに留学に来たばかりの大学生などと一緒にご飯食べましたよね?
それの続きと言いますか、今日の目的は、私がこの大学生たちを、一人の日本人女性に紹介して繋ぐためです。
フィリピン人と結婚して、フィリピンに30年以上住んでいる女性で、留学にくる日本人学生たちの面倒をとてもよく見てくださいます。各自の興味に合わせて、インターンできるNGOや話しを聞きに行ってみるべき人などを紹介してくれたり、彼女の家では学生の論文の資料になりそうな新聞記事などを10年分くらい取ってあるので、そういうのを閲覧させてくれたり。
日本の食品や日用品が買えるお店を教えてくれたり、たまに家に招いて焼肉やお好み焼きなどの日本の料理を食べさせてくれたり、フィリピンで正式な場に呼ばれた時にどんな格好して行けばいいかなどを教えてくれたり。
私は、大学3年で3度目にフィリピンに来て2週間滞在していた時に、その時面倒を見てくれていた現地NGOの職員から、「私の友だちに日本人女性がいいるから紹介するわ」と、その人と繋いでもらって、その後の1年間の留学時代にはずいぶんお世話になりました、卒論の資料集め含めて。
その時は、フィリピンに滞在する時携帯電話ってどんな物買ったらいいんですか、フィリピンの虫除けは何を買えばいいんですか、観光ビザってどうやって更新するんですか…と、ひたすら教えてもらってたわけですが。

 それから4年。これでも一応、フィリピンで働いてる社会人の一人になり、気付いたら大学生たちから、フィリピンでやってみたいことや興味を相談されて、こういうことができる団体知りませんかとか、こういう情報を得るにはどこに行けばいいですかとか聞かれて、情報を提供するほうの立場に少しずつなってきています。
私で答えられることもあるんですけれど、私が知ってるのって教育分野だけで、中には観光に興味が有って日本人がフィリピンを体感できるようなツアーを企画してみたいと言う学生や、音楽に興味あってストリートチルドレンたちが廃品から学期を作れたらなどと言う学生などなどまでいて、まあ私の分野外で手におえないわけです。
それでけっきょく、あの日本人女性にみんなを紹介するのが1番だと思って、連絡して時間を取っていただき、ジャパニーズ・カフェに、大学生4人と私とその女性が集まっていたのでした。

 各自が興味や卒論のテーマややりたいことなどを話して、それに合う団体や情報などをその女性が答えて行くのですが、その合間にときどき話しがそれることもあります。その一つが、「フィリピンではどうして女性が社会進出できているのか」のトピックでした。
以前も学会の時に、日本から来ている研究者は男性ばかりですが、フィリピン側の参加者はむしろ女性のほうが多かったと書きましたよね?大学教授に女性は沢山いますし、銀行の店長が女性だったり、企業の代表者が女性だったりと、ジェンダーでの平等さは世界で10位以内に入ります。
その理由が、フィリピンに文化として根付いている、お手伝いさんやベビーシッターを雇う習慣です。家事や子供の世話はお手伝いさんがやってくれてるので、女性も家庭のことを心配せずに働けるんですね。
フィリピンでは、上5パーセントの富裕層が、フィリピンのお金の80パーセントを所有していると言われています。それくらい、上5パーセントは意味不明なレベルのお金持ちです。そして、ピン霧ですがいわゆる中間層が30%ちょっといて、貧困層と呼ばれる人たちが6割前後います。
それで、中流階級以上の人達でマニラ首都圏に住んでいるならば、たいていの家に住み込みあるいは通いでお手伝いさんがいます。もうちょっとお金持ちならば警備員とドライバーもさらに雇っていて、もっとお金持ちならばお手伝いさんが二人、ペットの世話係が一人…とか色々雇ってます。
 そうやってお手伝いさんとして住み込みで働きに来てる人たちは、例外もありますが大ざっぱに2種類。子どもを育て終えて時間ができた年配女性、あるいは田舎の貧しい家の長女で、自分が稼いで田舎の両親や幼い兄弟たちにお金を送らなければいけないお姉ちゃんたちです。

 ただし、外国人の多くが勘違いしていて、今回の日本人大学生たちも勘違いしていたのが、お手伝いさんと言うと、日本の「メイド」みたいなイメージあって、家庭内奴隷と言うか、同等な扱いは受けてない、精神的にも肉体的にも非常につらい仕事っていうイメージあるんですね。
確かに、一部の日本人や中国人や韓国人の家で雇われているお手伝いさんの中には、奴隷扱いされてて、食事も同じテーブルでは食べさせてもらえないという人達もいます。駐在員の奥さんたちのストレスの1番の原因が、家に余所者のフィリピン人が住みこんでいること、そのお手伝いさんとの関係…らしいです。
 でもたいていの場合、フィリピン人の富裕層たちはお手伝いさんなど使用人をとても大事にしています。うちの家でもお手伝いさんも一緒に食卓を囲みますし、体調が悪そうな時に無理に仕事は頼みませんし、場合によっては、雇っている家が学費を出してあげてお手伝いさんに高校卒業の資格までは取れるように資金援助をしてあげてることさえあります。
なぜか、その理由は、お手伝いさんをいじめたら、わが子の命が危ないからです。自分が仕事で出かけてる間、子どもの面倒任せてるんですもん。まあフィリピン人は虐待するようなことはしませんが、それにしても料理も掃除も子供の世話も手抜き……ってやられると、困るの自分たちですからね。
 フィリピン人は、いじめられてもあまり「仕返し」はしません、ただしやっぱり、すぐにやめていきます。私が12月からガイドがいなくて困ってる…、これも任せてる責任が大きいのに、それに相当する料金をNGOが払えないからですね。

 本当の富裕層たちは、ちゃんと給料を支払うだけじゃなくて、お昼ご飯は家にある物を好きに使って何でも自由に食べていいよとか、ドライバーさんにお昼ご飯はおごってあげるとかするんです、上述したように、学費援助をしてあげる場合さえあるんです。
だからこそ、ご主人と言うか、雇ってくれてる家の人達のために働こう、誠実に任務を行おうって思うんですよ。家の主人とお手伝いさんと言うと、何だかものすごく上下関係があるような気がしますが、人の上に立つのなら、尊敬される、感謝されるべき人でいなければいけない…、その暗黙のルールがこの国にはあります。
本当だったら私も、ガイドを雇うような立場なら、お昼ご飯くらいおごるのが常識ですし、「もう暗いから帰りはタクシーで帰っていいよ、タクシー代出してあげるから」くらい言えるほどの立場じゃないと、この国でガイドを雇う資格がないと言っても過言ではないんですね。
ところが、残念ながら自分の生活に精いっぱいなNGO職員の給料です。さらに、給料は最低賃金ぎりぎり、私の家に来るまでの往復通勤費は出ない、お昼ご飯出ない…となると、それはガイドやめるに決まってるんです。法律違反ではないんですけれど、暗黙のルール違反ですもん。
 今年度は、それでも色々団体に掛け合って、給料の金額など少しは改善した物の、お昼ご飯のお金などは出ないままで。来年度の事業計画書や予算案を書いてるんですけれど、どうにかガイドのお昼ご飯代くらい出せるように予算取らないと、そのためには…私の給料減らすしかないか…?などと色々計算してる私です。
 お手伝いさんやガイドを雇うには、暗黙の資格がある。上に立つならば、そうあるべき人にならなきゃいけない…、感謝はかならず誠実さで返してくれる国なんです。
posted by Yukari at 22:47| Comment(0) | 日記