2016年01月09日

みんな平等と一人ひとりの違いを尊重したいジレンマ

1月9日:
 さて、週末ですね、お仕事はお休みです。もっとも、来週の土曜日は通訳として勤務日になるみたいですけれど。
現在私は、勤務時間中のお仕事を合わせると、主に三つのことをしています。それの内の一つ、週末など休みの日に集中しているのが、4月にRoutledgeというイギリスの出版会社から出される、インクルーシブ教育に関する学術本に載せるための論文執筆です。
えっと、正確にはまだ論文は書き始めてさえいなくて、その前の段階で文献読んでるだけで…、それも、つい昨日くらいから始めたばっかりなんですけれど…。締切は3月1週目だと思ってた、いやそれでも2カ月をきってて論文2本書くのは、十分ピンチなんですけれど。

1月5日に、障害児教育関連の教授にお会いした際、「インクルーシブ教育の論文、もう出しました?」って聞かれたんです。この先生も、本に載せる論文を1本受け持っている一人です。
 12月にフィリピンにいらした主催者の先生から、締切は3月1週目と聞いていた私は、「え?論文って?」みたいな感じで。でも、以前論文執筆を担当しているみんなに送られていたスケジュールを見て気が付いた、本当は論文の締め切り、1月中が望ましいらしい!!
いいえ、正確に言えば12月中に提出するのが優等生、1月中が締切、2月提出だとちょっと遅刻だけれど研究者としてはセーフ(何だそれ?)、そしてどんなに遅くても3月1週目までには提出すること…っていう、それじゃ2月までに提出する人は絶対いないでしょって感じの締め切りなんですけれど。
私が12月半ば時点でまだ書き始めてさえいなかったこと、そして急に担当論文が1本から2本に増えたことなどを考慮して、主催者の先生は、あえて最終締め切りだけを教えてくださったのだと思います。
当初のスケジュールに気づいて、ようやく私も少し焦り始めました。ってか3月1週目でさえ、2本の論文が間に合うのか。ページ数などに決まりはなくて、何だっていいみたいですが、まあ各論文20ページくらいでしょう、何しろ私は2本担当してるので、他の先生方と同じペースではだめなんです。
平日は9時間以上はオフィスにいますし、フィリピンってこの暑い気候や天候の問題なのか何なのか、日本に比べて、ただ生活しているだけで体力を消耗します。日本ならば、毎日外出していても、睡眠時間が少なくてもけっこう平気で体力はそれなりにあるほうな私でさえ、フィリピンでは勤務がある平日は、夜6時間以上は絶対寝てないともたない、起きてもだるさが残るのが現状です。
修論の時、どうやって早朝や夜に論文執筆しながら、平日の勤務もこなしてたんでしょう?週4日の勤務日は、家に帰って食事終えたら寝てしまってる私です。25歳と26歳の差ですかね…(笑)?
というわけで、お仕事が休みな残りの三日間は必死ですよ、論文書かなきゃ、文献読まなきゃ。これにプラスして、週に1回2時間のタガログ語レッスンと、月に1回の障害者雑誌への記事連載、台風被災地に暮らす視覚障害者との連絡なども続けています。

 同時に、あんまりストイックに論文執筆などに自分を追い込むと、色々精神面が貧しくなっていくことを知ってます。ガイドがいなくて外出できなくなった今、気分転換の手段も限られますからね。
 だから、朝からずっと文献読んでると言っても、実はその場所はベッドの上!しかも、ローズのアロマオイルで部屋をお花畑な雰囲気にしながら(笑)、机の上に入れたてのアールグレー…、ただし、そのコップの隣にあるエナジードリンクが現実的!
 イギリスにおける特別支援教育の考え方は…とか、イギリスの障害児教育は、「全ての子どもを平等に扱う」という考え方と、「それぞれの子どものニーズは違っており、各自のニーズや状況を尊重する」という二つの考え方の矛盾のジレンマの中にある…、とかいいう、小難しい内容を扱ってはいるんですけれど。
物理的には、アロマの部屋の中で、ベッドの上で本読んでるだけですからね私。これでもちゃんと、論文書こうとしてますよ。体力は温存しながら、頭だけお仕事しましょ。
posted by Yukari at 17:05| Comment(0) | 日記

やっぱり未就学障害児の教育に行きつく

1月5日:

 この1週間、日本から障害児教育を専門とする教授がフィリピンにいらしていました。私も、勉強会などで数回お会いしたことがある先生です。その先生の主なフィリピン渡航目的は、知り合いにシニアボランティアとして、フィリピンの地方で障害児教育促進活動に携わっている人がいて、その人の訪問でした。
したがって、1週間弱、地方でそのシニアボランティアの方の活動先などを見学したのち、二人で1日マニラに寄って、私とも1時間半ほど話す機会を設けてくださったのです。先生とは数回目の再会、シニアボランティアの方とは初対面になりますが、先方が私の本を読んでくださっているらしく、むこうは私を知ってます。
お二人とも、何十年と日本で障害児教育の現場に携わった後で、途上国における障害児教育促進活動に、現場で、あるいは研究者として関わっている人たちです。

 シニアボランティアの方と、互いの事業についてや活動の様子の情報交換をして、意外なほど共通点が多いことに気づきました。私は視覚障害児教育に特化しており、むこうは特に障害の種別は決めていませんが。
フィリピンにおける障害児教育促進を考える時、外国人の視点から見て1番気になるのは、明らかに未就学児が9割以上でそっちのほうが多いのに、未就学児は大変だからそのまま見なかったことにされてて、1割以下のすでに学校へ行ってる障害児への教育支援だけが行われていること。
それ、未就学児への教育普及事業を始めないと何も変わらないだろっていうところに、やっぱりこの人も行きついているみたいで。ただし、さすがフィリピンの現地の人達が何十年と見なかったことにしていた問題だけあって、いったい何をどこから始めたらいいいのやら、未就学障害児はどこにいるのやら、事業立ち上げは困難を極めます。
さらに興味深いのは、未就学視覚障害児への教育普及事業を始めるにあたって、事業実施機関として選んでいるのが、私も彼女も、大学なんです。私の場合、フィリピン大学を選んだ理由はいくつかあって、
@ フィリピン大学の教育学科が数年前、設備が整っていないことを理由に視覚障害学生の入学を断った罪悪感を持っていて、学科のほうも障害者の就学環境の改善の必要性を認識していること。
A フィリピンのトップ大学なので、指導法や現状研究という意味でもやる気と人材を持っていますし、教育期間への発言力も持っていますし、自分たちがフィリピンの教育を引っ張って行くんだというプライドや使命感も持っていること。
B 窓口となってくださっている教授が、日本で学んだり教えたりなど、日本に20年滞在した経験があり、したがって日本の制度や日本人と協力しての事業実施に慣れていること(互いに理解しやすい)。
C 一般の子どもたちならば、未就学児を対象とした教育普及プログラムやその事業の評価・研究などをすでに行って、ある程度成果を上げていること。
D 研究校として附属小学校、附属高校を有しており、その校舎の教室の一つを障害児教育の場に(家賃無料で)提供していいと言ってくれていること。
E 何より、先生方が障害児教育促進の事業に興味を持って実施する気になってくださっていること、
などが挙げられます。大学と共同で事業を実施するならば、これ以上条件の揃ったところは、そうないと思ってます。

 私のほうは、フィリピン大学がすぐに障害児教育促進の話しに賛成してくれ、それ以降積極的に関わってくれるので、あまり困っていないのですが、シニアボランティアの方が行き詰っているのが、現地の大学が乗ってくれないという話しでした。
一般に、大学の特別支援教育学科が対象者としているのは、すでに学校に来ている障害者だけです。学校にやってきた障害学生をどう教えるか、それを研究する分野であって、未就学の障害者は特別支援教育の守備範囲ではなくて、福祉の守備範囲になってきてしまうんですね。
だから、地方の大学では、最初こそ目新しい事業に少し興味を持ってくれたものの、のちにそれは自分たちの管轄ではないと言うようになって、未就学障害児への教育普及の考えは、その日本人の方だけが説得するも響かず…のような状況で停滞しているらしく。現地団体がやってくれないと、単なる押し付けになってしまいますし。
フィリピン大学が興味を持っていてその気になっているという意味では、マニラのほうが1歩リード(?)しているかも知れません。本当の意味で教育の専門家が集まっている機関だからこそ、学校にやってきた障害者だけのことを考えていても特別支援教育の状況は改善されない、なぜ障害者が学校に来ないのかに目を向けてこなかったのは、自分たちの盲点だったと受け入れてくれたフィリピン大学。
 フィリピンを代表する大学の教育学部が、未就学障害児の事業に取りかかろうとしている、そして障害のある当事者が事業立ち上げに関わっている…、これは地方の大学を説得するものすごくいい事例になると言って、シニアボランティアの方は、事業地でみんなに見せるんだと写真を撮って現地へと帰っていきました。
posted by Yukari at 13:03| Comment(0) | 日記