2016年01月26日

4時起きで論文を書く!

1月26日:
 皆さん明日はミスタードーナツへ行く日ですよぉ(リマインダー)!

 さて、ようやくスイッチが入って、本格的に昨日くらいから論文を書き始めました。この時問題になってくるのが体力と時間です、ってか眠い。
昨日じゃなくて一昨日から書いてたんでしょうか?日曜日の夜中3時くらいまでやっていて、月曜日の朝8時前に起きて…、眠すぎる。もはや今からお仕事っていうテンションじゃないですよこれ。
 こういうこともあろうかと、エナジードリンクを買い込んであるわけですが、こういうドリンクって缶ジュースになってて、1回開けると飲み切らなきゃいけないというか、オフィスに持って行くのにむいてません。
なので、エナジードリンクをペットボトルに詰め替えて、持って行ったんですね。ところで、こういうドリンクって、炭酸が入っているわけで。そのペットボトルをバックパックに入れて、オフィスへ。

 朝早めに行ったので、日本人の先輩一人だけしかまだいなかったのですが。徒歩で持ってきた炭酸ジュースは泡立ってるだろうなぁというのは予想していたので、私も慎重にペットボトルの蓋を開けます。少し開けたところで、シューっと空気が漏れた、ここまでは分かりますね?
そして次の瞬間、「ポン!!!」?けっこうびっくりする音とともに、見事に吹き飛んだペットボトルの蓋!幸い、ドリンクの中身そのものは吹き出してません。
 オフィスは、三つのスペースに分かれてて、もう一人の先輩は私とは別のスペースにいたのですが、そっちまで十分聞こえる大音量なので、「大丈夫?」って声かけてくれて。
「炭酸入ってたペットボトルの蓋開けようとしたら、蓋飛んでいきました。あの、すみません、ちょっと、蓋がどこまで飛んで行ったか見つけてもらってもいいですか?」「やっぱり?そうなったと思った」蓋は、私が座ってた席から2メートルほど飛ばされてました。
いやー、ペットボトルが圧力に耐えてくれててよかった、鞄の中で破裂しなくてよかった。エナジードリンクを移し替えて持って行く時は、要注意です。
しかも、何課その「ポン」の瞬間に炭酸一気に抜けたらしく、その後まったくシュワっと感のないたんなる砂糖水になってました。何なんだ?

 お仕事終わった後は疲れててもう集中力ないので、帰宅してご飯食べて、夜は9時前からいい子に就寝(早すぎる)。そして今朝起きたのが3時半。
現在フィリピンはもうすぐ朝6時なのですが、4時からパソコンに向かってます。4時から論文書くっていうのは、修論の追い込みに入ってた最後1カ月の日課でしたね?
 えっと修論のショートバージョンのほうは、いまだに30ページくらいあるのですが、ちょっとこの企画を取りまとめていらっしゃる先生に、最長で何ページまでだったら書いても許されるか改めて聞いてみようと思って、下手に短くする前に。
それより何より、怖いから確かめたいのは、色々…、何て言うんですか?著作権みたいな問題です。修論は出版されたわけではないですが、1度世に出たものなので。それのショートバージョンを改めて本に載せる場合、どうすればいいのか…みたいな。
どっちも私が書いたものなので、他人の著作権侵害とかにはならないんですけれど。結論の部分などに、修論では書かれてないことを付け加えたりしなきゃいけない可能性があります。
 今朝から書いてるのは、ウォーノックの「インクルーシブ教育」についての言い分をまとめるほうの論文です。えっとですね、文字数チェック。現在1575ワーズだそうです。20ページくらいの論文にしようと思ったら、だいたい6000ワーズほどなので、現在4分の1完成でしょうか。
 ね?何か先が見えてきたでしょ?6週間後くらいの締め切りまでに、何となく間に合いそうな感じになってきたと思いませんか?1本は量を3分の2に減らしたり手を加えるだけ、もう1本は4分の1完成ですよ。
posted by Yukari at 07:06| Comment(0) | 日記

2016年01月24日

縮められないよぉ

1月24日:
 締切まで1カ月半、ようやく何となくスイッチが入ってきた気がしますよ、学術本に載せるはずの論文2本の話しです。いつも追い込まれないと力を発揮しないと言うか。
以前USBが壊れた時、締切1カ月前から50ページ以上の修論書きあげた覚えあるしなぁと。今回は20ページくらいの論文2本でしょ?みたいな…、何とかなるでしょ感がどうしてもあるんですけれど。
ただし、修論って極論を言えば「クオリティはどうであれ締切に間に合うように出せばいい」ですが、今回は公に出るということで、「クオリティが低いなら出さない方がいい」という違いがあります。

 ウォーノックの論文を読み込んで0から書くほうは、ちょっと時間がかかりそうなので、しかも2本ともまだ書き始めてさえいないのは不安なので、修論を3分の1くらいに縮めるっていう、比較的簡単に終わりそうなほうから書き始めました。
修論全体だと14000ワーズくらいあるんですね。今回、細かい文字制限などはないのですが、だいたい学術本に載ってる論文って20ページ前後なので、それくらいだろうって思うと、これを6000ワーズくらいまで縮める必要があります。
 でもね?書いてる時は、これ以上ネタがない、必要文字数が満たせない、「長く書けばいいってもんじゃないですよ」とか言っていましたが、いざ縮めようとすると、削るところがない(笑)
なるほどぉ、さすがディスティンクションの優秀論文に選ばれただけある(なぜかいきなり自画自賛)、つまりどこも穴がないように、抜け目がないようにモーラされてるからこその完成版なんです。
自分のリサーチが重要だから、過去の研究などをまとめてる文献レビューのところは最大限削除…って削って行くと、なんか過去の研究や拝啓を踏まえてない論文みたいになりますし。
本の読み手は、リサーチの分析結果や結論が重要なのであって、研究手法なんて1文字1文字絶対読まないよね(指導教官でないかぎり)とか思って、研究手法のところをなるべく短くしてみるのですが、何かそうしたら、本当に正しい手法で研究したんですよっていう証拠がなくなって危うい雰囲気になりますし。

 そもそもですね、バランスが悪い!!だって、第1章が導入(ここも段落二つ削除)、第2章が過去の研究レビュー(ここを8割削除)、第3章が研究手法(ここを4割削除)って短くしたくせに。
第4章の研究結果と、第5章の分析の部分、今のところまったく削らず…、ああもったいない、ここ面白いもん(笑)、あえて削れるとしたら結論ももうちょっと短くなるかもですが。
ね?明らかにバランスがおかしいでしょ?6つの章に割り振られていたから見栄えがよかったのであって、現在ほとんどリサーチと分析の部分だけ残したい、そこは知事めるところない…みたいになりましたから。

 ただし、同時に思うのは、修論は私の文章だけでそれが論文として完結していなければなりませんが、今回は10人ほどの論文が1冊の本に並ぶわけです。だから、たぶんですがインクルーシブ教育の成り立ちとか、障害者に関連する理論の説明とかは、私の論文より以前に記述されてる可能性が高いです。
そもそも、特別支援教育の歴史的なことや、インクルーシブ教育の拝啓に関しては、私がもう1本担当するほうの論文で書きますからね。だったらやっぱり、過去の研究レビュー、こっちの修論ショートバージョンにおいていらないんじゃない?いるかなぁ、削りたいなぁ。

 ちなみにですね、私としては大事な大事な修論をこんなにばっさりと削ったのに、それでもまだ9900ワーズもあるんですよ。あと3000は削りたい。ああもったいない。
ってか、メイン論文はまだ書いてないウォーノックのほうであって、この修論は、後ろの方にインクルーシブ教育に関する研究事例の一つとして載せられるだけなので、たぶんざって読み飛ばされるだけのものですからね、これ。
あれです、第12章くらいまである本の、第9章くらいに出てくる、もっとも読まれない辺りの一つになるパターンです。だからたぶん、削るのがもったいないとか思ってるのは私だけ。
誰か第3者に渡していらないと思う部分削ってもらったら、とたんに10ページになるかも知れないです!
posted by Yukari at 23:59| Comment(0) | 日記

誰もが「できること」がある社会

1月23日
 インターンをしてくれている大学生の子が、後輩たちとのランチに私をも誘ってくれたので、現在ガイドがいない私も久しぶりに外出です。すごいでしょ、1月にフィリピンに戻ってきてから3週間、徒歩5分圏内から出るのがこれが初めてですからね。
オフィスや家があるのは壁に囲まれた高級住宅地なので、いわゆるフィリピンの一般的な雰囲気とは程遠くて、公共交通手段を使うのもこれが1カ月以上ぶりです。「懐かしい、フィリピンだぁ」と、トータルで2年弱フィリピンで過ごしてきたとは思えない観光客みたいなこと言ってました。
 私もそうでしたが、フィリピンに来る多くの大学生は3年生が終わった春休みから1年留学するパターンが多いです。今回の集まりは、私の他にはそろそろフィリピン留学も終わりを迎える4年生二人と、今月やってきたばかりの3年生たち3人の色々情報交換会兼顔合わせでした。
なぜ私がここにいるんだって?…精神年齢はたぶん学部生から成長してないので、混じってるつもりなんですけれど。なにげに浪人とか休学して留学とかしてるので、ここのメンバーって4歳下と5歳下ですけどね。
 フィリピンに来て11日です…とか言う3年生たちの、やりたいことと期待に満ち溢れたキラキラ感がまぶしいです。フィリピンに1年近くいる4年生たちは、それなりに色々、理想と現実、夢と課題が中和された感じになって落ち着いてくるんですけれど。

フィリピンの貧困層の子どもたちのために何とかしたいんです、少しでも力になれたら…って、純粋に思ってるこのキラキラ感ですね。私たちも最初そう思ってフィリピンに入り、その気持ちは根本的なところでは今も変わって無いんですけれど、色々ものごとは単純ではないと1年ほどかけてこの後気づくことになります。
 たぶんまず最初にぶつかるのが、「少しでも力になれたら」は傲慢だということ、住民たちは別に自分がいなくても困って無い。あたりまえです、言葉も通じなくて現地も知らない外国人程度にできることなら、フィリピン人だって解決してますよ。
それで、現地に来たもののやることがないっていう壁にぶつかり、逆に現地の人達から気を使われるっていうこんなはずじゃなかった体験をし、自分はここで何の需要があるんだろうって改めて考え始める段階に入り。たぶんここまでに約3カ月。
このころ起きるのが、こういう葛藤もなく、ストリートチルドレンを保護してご飯をあげるのが正しいとか、全ての子どもが読み書きを学ぶのが権利とか、そういう一方的な活動を迷いも無く進めてる団体などなどに、なんでこの人たちはこんな傲慢な空気読まない活動ができるんだと、いろんな活動の問題点ばかり目について。
 それらを反面教師にしながら、自分は絶対現地のニーズに合った活動をする…って思って、ものすごく地味なところから少しずつできることを見つけ始める…、でも本当に現地の人のニーズなのか、自己満足なのか…、たまに自分だけが実行しようと空回りしてる失敗を重ねながら試行錯誤する期間が約半年。
何となく現地における自分の役目も定まってきて、フィリピンの分かや習慣というものも分かってきて、ようやく落ち着いてきたころには留学期間は残り3カ月未満。…たぶん1年間ずっと現地に根付いた活動をした留学生なら、だいたいがこのような道を辿ったはずです。

 というわけで、4年生の二人や私にとっては、この3年生たちが今後どのようなルートに乗って行くかがだいたい想像がつくわけなんですけれど。まあでも、1年かかる遠回りですがたぶんこれが1番近道で、間違いなく大切なこと学ぶので、先に何があるかは下手に結論を言わない方がいいというか。
子どもたちのために自分でプロジェクトを立ち上げて運営したいと言ってる人もいるんですけれど。プロジェクトの規模にもよりますが、まあ私が、今年1年調査やら立ち上げ準備して、まだ本格的に実施までにはあと半年はかかりそうなんですよ。
というわけで、ちゃんと調査して、実行可能で持続可能な環境を整えて、実施に必要な予算も確保してプロジェクトを立ち上げるには、たぶん2年はかかります、それを仕事として日中毎日やってますからね。
 そういうことたちも分かっているんですけれど、それにしてもこの、お金もらえなくてもいいから力になりたい、何とかしたいっていうやる気と優しさ、どうかそのまま持ち続けられる、モチベーションを保てる機会はないのかなぁと。

 何か問題は組み合わせだけな気がするんです、うまく需要と供給が巡り合ってないだけな気がするんです。たとえばガイドがないと出歩けない視覚障害者たちがいる。でもお金がないからガイドを雇ったりできない人たちがいる。
お金なんてもらわなくていいから、何か力になりたいって思ってる人たちがいる。そういう留学生の中には、なるべく安価で英会話の練習をする機会を探してる人たちがいる。英会話の講師なら、フィリピンの視覚障害者たちできますよ?
同様に、社会の役に立てたらと寄付先を探してる会社や人が一定数いて。あるいは新聞などで寄付を募る記事が掲載されたら、1千万円を超えるお金でも集まることが合って。でもなぜか、本当に必要なところには届いてなくて、常にお金がないこの不思議。いましたよね、台風被災地で2年たっても1週間600円で暮らしてる全盲夫婦の家族4人。
 何かこう、人や団体は国際的に、1度インターネットに自分の「できること」「やりたいこと」「サポートがほしいこと」などをアップして、それぞれのニーズを満たせるようにマッチングを行えば、もっとうまくいく気がするんですけれど。もったいないなぁ。
posted by Yukari at 12:26| Comment(0) | 日記