2015年12月31日

やっぱり特別な人

12月31日:
 ようやく治療の効果も出て来て顔の傷…、いや元はと言えば肌荒れが治り、物理的にも人に見せられる姿になってきたので、28日からは積極的に人前に出始めていました。
大学院時代に仲よくしてくれていた日本人の女の子と待ち合わせて、9月に式典が行われた施設に。9月の60周年式典の時の写真が完成していて、私がスピーチをしているステージで、一緒に秋篠宮両殿下が写っていらっしゃる貴重な写真をいただきました。普段は写真なんて興味ない私ですが、この写真は大切にします。
 お昼からその友達に付き合ってもらって念願の温泉へ。お湯のお風呂久しぶり…、何しろフィリピンは水シャワーですからね。
 22日に帰ってきてから28日の夕方までは、大学時代の親友のアパートに泊めてもらっていたのですが、彼女が29日から実家に帰るということで、私も28日の夕方から別の家へとお引越しです。
 ICANで勤務している時、1番仲がよかったインターンの同い年の女の子、彼女が今では日本に帰っているので、彼女の実家に3泊泊めていただきました。
29日は、そんな彼女と一緒に、日本でやりたかったことのもう一つである念願のカラオケへ。二人で2時間…、一人10曲以上歌えます!

 さて、温泉はもちろんリラックスがほしかったから、カラオケはストレス解消の機会がほしかったから。それらの夢は叶っても、何だか取り去りきれないものを最近ずっと引きずってました。
私は、恩師やお世話になっている方々があまり賛成しないであろう決断をしようとしてて、進路にも色々迷って…、いつまでたっても安定しない収入源や生活、応援してくださる人たちを振り回すような決断の数々…、何となく周囲が離れて行ってるのも感じてます。
恩師に進路相談のメールを送って、3カ月何度もメールしても返信をいただけなくて、何とか何かしらの意見が聞きたくて恩師の周囲の人に「私に返信するように催促してください」って囲い込み作戦に出たりまでして、今回の行動は異常だ、そんな行動をする人に冷静な判断ができるわけないと叱られたり。
今年1年、私としてはその場その場で私なりに全力でやってきたつもりで、けっして人に言えない悪いことなどはしてないのですが、何だか罪悪感と言うか、お世話になっている人であればあるほど、自信持って顔向けできないような、期待通りじゃなくて申し訳ないような気持ちで、日本に帰国しながらも人に会うのを避けてたのです。
25日に、8年間お世話になっている点訳ボランティアの方がメールで誘い出してくださって、元バイト先などを訪れた時、ほんの少し人前に出て行く自信をいただきました。私の決断は理解できるよ、攻めてないよ、いつでも応援してるよっていうのを心から感じました。
でも私はちょっとずるい日に行ったんです、普段ならその元バイト先に高校時代の恩師もいらっしゃるのですが、その日たまたま先生は出張、だから会わないというのを知ってて顔を出したのです。
点訳ボランティアさんやバイト時代の同僚や、他の先生方の前には顔を出しても…、1番大事な人、1番世界の誰より私を応援して信じてくれてる人に…、何だか見せられない気がして。
いやいったい私が何をしたんだ、悪いことはしてない、なんで見せられないのかもよく分からないですが、自信持って近況報告ができない、…それはたぶん、恩師が賛成してない方向に進もうとしてるからっていうのが大きくて。

 そんなこと、何度も何度も考えながら、でもこの帰国中に恩師に会わないままフィリピンに帰ったら絶対後悔する、躊躇いながら送ったメール、
「29日か30日にお時間を取っていただけたり…しないですよね?すみません、大丈夫です、メールします」と一人で完結。そうしたら、30日に1時間なら会えるというまさかの返事が。
 会っていったい何を話すんだろう、先生は何て答えるんだろう、全て反対されるかも知れない、呆れられるかも知れない…、自慢の生徒だったかも知れない時代はどこえやら、期待外れの道に向かってますからね私。
片道1時間半、駅で待ち合わせて駅前のファーストフード店で飲み物片手に1時間。去年はお仕事でよく会っていましたが、あくまで職場だったので、こうして外でプライベートで時間を取っていただくのは3年以上ぶりです。

 世界で誰より私を知ってる人、本当は誰より気にかけてくださってる人…なので、直接連絡は取って無いですがいろんなことを知らないはずがなくて。何かもう、全てご存知なんですね、優しかったです。
私の決断受け止めてくださって、応援してくださって。色々不確定要素なども心配してくださって。ここ3カ月くらい悩んで悩んで出した決断と色々調べてきた情報を、恩師に賛成してもらえたこと。
「自分は仕事ができないってことが分かりました」と言う私に、「まあ、周囲の理解がないところだと能力発揮できないからね。環境のせいで能力発揮できてない人は沢山いるから」と。
浪人中も、そして今でも、何が起きてもなぜか私の能力信じ続けてくれる人。恩師に、環境のせいだ、能力が発揮できない場所にいるだけだって言っていただけたこと、…ここ半年のモヤモヤや悔しさや劣等感、色々楽にしてくれました。
恩師が賛成してくださった、まだ信じてくださってること、こうして年末の30日に1時間も会ってくださったこと…、たった1時間ですが日本滞在期間の中でもっとも大切な時間だったように思います。
どんな温泉よりもカラオケよりもアロマオイルよりも、ずっとずっと背負ってきた罪悪感のようなもの、一気に軽くしてくださって、たった1時間でいろんな思い、全部受け止めて引き取ってくださって。
何年たっても、私が何歳になっても、やっぱりこの先生は特別な人なんだ、私にとっていつまでも特別な人なんだって感じました。こんな魔法を1時間でかけられる人は、絶対に他にはいないから、こんなになぜか心からやりとりできる人は他にいないから。

 大学院から始まって、就活して就職決まって、修論書いてデータが消えて、修論完成させて取材受けて、仕事してタガログ語学んで、式典などスピーチを幾つかして進路に迷って、声出なくなったりなど体調崩しながら、人との出会いの輪もものすごく広がった2015年。
いいことも悪いこともあって、最後は自信なくしてたわけですが、恩師に会ったことで全て頭の整理がついて、肩の荷も下りて、1年を負えることができそうです。
 点訳ボランティアさんも、訪問した視覚障害の大先輩も恩師も、皆さんが状況を分かって賛成して、応援してくださることになった来年。
このブログを読んでくださっている皆様にも、今年も沢山沢山心配やご迷惑をおかけして申し訳ありません。私の発言やストレート過ぎる描写に、気分を害された方もいらっしゃるかと思います。
来年はまた、私なりに全力を尽くしていきますし、フィリピンの視覚障害者たちのこと、私が思う「共に生きる社会」の実現に向けての活動のこと、引き続きここに記していきますので、来年もどうぞよろしくお願いたします。
posted by Yukari at 20:50| Comment(0) | 日記