2015年12月20日

願っても無いまさかのチャンス

12月19日:

 今秋の月曜日から水曜日にかけて、日本人の教授陣がいらしていた時、フィリピンはまさに台風上陸中(笑)、よりによってこんなタイミング悪くいらっしゃらなくても。まあ、マニラに直撃していたわけではないので、こっちはたんなる大雨だけなんですけれど、それにしても3日間常に大雨でした。彼らが日本に帰る飛行機が、無事時間通りに飛んだかどうかは知りません。
 さて、皆さんご存知かどうか、私が直接ここで言ったことがあるかどうかを忘れてしまいましたが、将来的に私の目標は、教育開発の研究者のほうの道に進むことです。どうしても、途上国で教育って言った時、障害児は後回しにされてしまう。
可能性のある普通の子どもたちが先で、余裕があってから初めて障害児も学校に行かせることを考えるというか…、政府からの優先順位も低いですし、ここフィリピンで教育支援してるNGOはいっぱいあるのに、障害児を視野に入れてるNGOをほとんど見ません。
でも教育は読み書き計算だけじゃない、家族以外の人に会う、社会生活を学ぶ、生き方や将来選択の視野を広げる…、それら全部含めて教育です。自由に外に出られる一般の子どもたちは、とりあえず見て覚える、何となく目にするっていうチャンスがありますよね。

家から出たことがない視覚障害者がいったい何の情報を得られるのか。家族も育て方が分からなくて、自分の子以外に障害者を見たことがないから、わが子に何ができるのかも分からなくて、フォークとスプーンの使い方や洋服の着替え方さえ教えずに、赤ちゃん状態で一生を過ごさせたりします。
学校じゃなくてもいいから、障害者同士が、障害者を持つ家族同士が集まる場所がいるんです。自分以外の障害者を見た時、初めて可能性を知ります、初めて育て方が分かるはず。それも教育なんですよね。
そういう意味で、障害者こそ教育が必要なんです、一般の人以上に必要なんです、大学に行くとか就職するとかだけじゃなくて、赤ちゃん状態で一生を負えないために必要なんです。
 それを世の中に伝えたい、障害児教育は後回しじゃない、障害者こそ教育受けたかどうかで人生違うんだってことを示したい…、そういうのを研究に基づいて世の中に出していくために、研究者目指そうとしてます。

 そんな私、願っても無い有難すぎるチャンスをいただきました。来年の4月か5月ごろ、日本やユネスコ・バンコクやその他の研究者で、イギリスの出版社からインクルーシブ教育に関する本を出すんです。
その本に載せるための学術論文を書く執筆者の中に、入れてもらえることになったんですね。いいのか…、修士号をぎりぎり取ったばかりの私入ってていいのか…、私以外は、大学教授やユネスコの職員ばかりです。
大学院に行く前から、インクルーシブ教育勉強会などで、プレゼンをしたり、去年の今頃も、イギリスのリバプール・ホープ大学で発表の機会をいただいていたこと、以前からの読者の皆さんはご存知かと思います。そういうことが積み重なっての論文執筆です。
 この話しは、すでに半年以上前から聞いていて、その時言われてた話だと、私の修士論文のショートバージョンを掲載するだけの予定でした。それもあって、私の修論は必死だったんです、後で本に載っても恥ずかしくないものにしなきゃいけないと。
 でも今回、なぜか自分が論文を2本載せる枠をいただけることを初めて知りました(締切まで3カ月ないんですけど?)。

 本なので、第15章くらいまであると思うのですが、最初の2.3章でインクルーシブ教育の動向や有名な学者の見解などを論じるものを載せて、そこからは各研究者のフィールドとしている国でのインクルーシブ教育の事例やそれに関する分析(意見)などですよね。
で、私の修論、イギリスにおける視覚障害児教育で、一般学校卒と盲学校卒の視覚障害者の、その後の修飾状況や社会参加状況を調べたこの論文は、いわゆる後ろの事例の一つになるわけですが。それだけじゃなかったんです。
インクルーシブ教育について最初に言い始めたのが、メアリー・ウォーノックというイギリスの学者で、まあ私がかなりこの人の論文色々読み込んでるんですけれど。面白いのは、1975年に「障害のある子どもも平等に学校に行くべき」と、インクルーシブ教育のきっかけとなる発言をしたこの人そのものが、
30年後に、「障害のある子どもにとって、本当に適している教育の場は、各障害に合わせた特別支援学校だ。今こそ、もう1度特別支援学校の重要性を考える必要がある。もし私の30年前の発言によってインクルーシブ教育促進というのが国際的な動向になってしまっているのなら、その責任は私にあるのかも知れない」って言ってるんです。
先駆者そのものが、30年たって、やっぱり間違ってましたって認めてるのに、時すでに遅しで、もうあちこちの途上国に広がってて、国際的な流れになってて今更後に引けなくなったんですね。
メアリー・ウォーノックは、「自分は、障害のある子どもも平等に学校に行けるようにすべきだと言っただけで、障害のある子どもが一般の子どもと同じ学校に通うべきだとは言って無い」と、後で言い訳もしているのですが…。そう、統合教育は周囲の勘違いだった説もあります。

 これらの話しが、意外と国際的には知られて無くて、研究者たちはウォーノックが最初に1975年に出した論文の一部だけを採りあげて、「ほら、障害のある子も平等に同じ学校で教育受けるべきなんですよ。特別支援学校に隔離はよくないんですよ」ってやってるんですね。
 それで、今回一緒に本を書く先生方から言われてるのは、上述したような、実は先駆者自身が自分の意見を30年後に撤回してるぞ、とにかくみんなが同じ教室で学ぶのが平等っていう考えは本当に各子どもたちのためになってるのか、もう1度、国際的に常識みたいになってる今の流れを見直さなきゃいけないんじゃないか…、そういう論文を書けと。
それは、たんに教育だけを専門としてきた健常者の研究者では説得力が弱い、ウォーノックの論文を読み込んで、ウォーノックが暮らしたイギリスの障害児教育を実際に研究して、そして自分自身が障害者として教育を受けた君だからこそ、説得力ある論文になるんだよって言っていただいて。
これは事例とかじゃなくて、インクルーシブ教育そのものの成り立ちや評価、動向などを含む論文なので、本としては導入の次、第2章くらいに載るらしいんですね。私はまだ修士号しか持って無いので、本そのものは教授陣の名前がメインなのですが、この本の隠れメイン論文は、実はこれだよ、と。

いいのか、私でいいのか。それものすごく思いながらも、まさかのチャンス、必死ですよね。再び、週4日の勤務時間以外、朝と夜と土日は机に向かう日々が始まりそうです。
修論の時の生活再び。たぶん冬休みの日本滞在も、何だかんだ文献読み込んでるでしょうし、1月や2月は論文執筆で必死ですよ。修論よりも、明らかに人目に触れる確率高いですからね。
posted by Yukari at 02:38| Comment(0) | 日記