2015年12月09日

言葉の壁は心で超える

12月8日〜9日:

 10月半ばから始めたタガログ語のレッスンは、今でもちゃんと続けています。毎週、水曜日に朝2時間、金曜日に1時間、プロの先生が来てくださいます。3年前はただただ単語だけ覚えて、よく使うセンテンスだけを丸暗記して文法はほぼ知らなかった私ですが。
今では、教材に合わせて基礎から文法を学んでいますし、少なくとも2年半のブランク分は取り戻して、留学終盤のころのタガログ語力よりは、今の方が上だと思います。ただし、オフィスで働いてると同僚のフィリピン人たちは英語で通じるので、ついついてっとり早く英語を使ってしまうというか。
うちの家のお手伝いさんはタガログ語でしゃべるので、とにかく聞き取るほうはある程度できるようになったんです。でも、お手伝いさんは英語でしゃべらないだけで私が英語で言うのは完璧に理解してるので、けっきょく自分が話す時は英語になってしまって。
あ、ちなみに、ここで言う英語も、もはやフィリピンなまりなどをわざと混ぜた、欧米では恥ずかしくて話せないタイプの英語ですよ。以前も書いたことがあるかと思いますが、きれいな英語はお金持ちのしるし…、フィリピン人との間に壁ができてしまう言語です。
だから、イギリスにいた時は何とか背伸びしてネイティブに近づけよう、同じスピードで話そうと頑張ってたわけですが、フィリピンに来てからそれらを封印し、むしろどれだけ不慣れな感じで、あまり英語が得意じゃない感じで話すか…。最初はわざとやってたはずなのに、気づいたらもう今はそれが普通になってしまった悲しい現実。
間違いなく、フィリピンに来て半年、私の英語力と言うかスピーキングのクオリティは落ちてます。フィリピン現地バージョンと、外へ出た時の国際バージョンと、使い分けできたらかっこいいんですけどねぇ。

 タガログ語ですが、何と言うか理解はできるけれど、自分があんまり話せないの分かってるから、文法に自信ないから、タガログ語で言えるものも恥ずかしいから英語で言ってしまう…、正直これが続きました。
フィリピン人のほうも、相手がちょっとでも英語ができるなら、もう私のタガログ語に付き合うのがめんどくさくなって相手も英語で言ってくれるんです。それだと永遠に伸びないので、どうやっても英語じゃ通じない、自分がタガログ語で話すしかないっていう人と関わらないと、自分のタガログ語は伸びないぞと。
レイテ島で過ごした1週間は、タガログ語学習のモチベーションを上げるにはとてもいい機会でした。現地の人と直接話したい、もっと伝えたいことが有る、仲よくなりたいのに…、この歯がゆさや悔しさがないと本気で勉強しない。
 レイテから帰ってきてから、以前より少しタガログ語を使う機会が増えました、たとえ英語でも通じる相手であっても。やる気になったら、週2回のタガログ語レッスンの内容も、どんどん分かるようになってきた、何だか最初の壁を越えたというか、タガログ語というものが何だか分かるようになってきた。
さらに、先月からマニラ盲人教会に行ってタガログ語しか通じない人たちと触れ合う機会を増やしてるのと、今秋からは週に3人くらいに怪しいタガログ語で電話してますよね。

 昨日は、ジュニア新書にも登場した、アーリンに電話したんです。3年前に折り紙セッションに参加していた人の一人で、手先がとても器用だった全盲の女性です。現在は地方に帰っています。
自分がタガログ語話せないから、電話に苦手意識があるので今まではテキストメッセージのやりとりだけだったのですが、昨日初めて電話して、3年ぶりに声を聞きました。「久しぶりぃ、会いたいよぉ」と言われながら。
私が相手なのに容赦なく全編タガログ語で色々話しかけてくるアーリン、ごめんなさい、半分くらい分かりません(笑)、ってかかなり想像で意味を理解してます。
いいえ、理解はできるんです、ただ私が自分がしゃべるとなると、言いたい内容をどういう言葉使えば自分の語彙力で言い表せるかをまず考えて、それからタガログ語のセンテンスを組み立てて、言葉に出す…となると、通常の会話のペースでは付いて行けないくらい時間がかかります。
だから1対1じゃないとうまく話せないんです、複数だと、私が何も発言しないうちに誰かがしゃべって会話が進んでしまう。理解してないわけじゃない、発言に時間がかかるから、私の答えを待ってほしい、同じことをもう1度言ってほしい…。
でも私が必至で何か言おうとしてること、必死でコミュニケーション取ろうとしてることは明らかなので、フィリピン人たちもものすごく優しく必死で理解しようとしてくれます。

 アーリンとしゃべってた時も、いつか自分の住んでる地方に遊びに来てねと言われて、マニラからそこまでどれくらいかかるのって聞きたかったんですね。でも私は、「どれくらいかかるの」の言い方を知らないんです。
自分が知ってる語彙でその意味合いが通じる方法を頭フル回転で考えた結果、思い当ったのが「何時間?」でした。何時間と聞けば、どれくらいかかるのかって聞いてるんだろうなってことは想像できますよね?
タガログ語で何時間って、「イラン・オーラス」と、直訳すれば、How many hourって言うんです。で、それを聞こうとしたのに、「イラン」の疑問文は出たものの、次の時間という言葉がとっさに出てこなくて、
「イラン…、イラン…、えっと何だっけ」みたいになってしまった私。するとアーリンが、「オーラス?」と聞いてくれました。そして、マニラからだと片道5時間くらいだよと答えてくれます。
私、どれくらいかかるが言えてなくて、何時間と聞くセンテンスさえ、「How many」だけで止まってるのに、そこから何時間を予測して、私の聞きたいことに答えてくれたアーリンの理解力。

 こういうのはよくあって、センテンスが文法上正しいようにちゃんと組み立てるのには5秒以上かかるので、咄嗟の会話ではうまく出てきません。文章なら書けるんですよ、後で思い返せば自分はその単語知ってるのにって。
そういう時、会話の中で、とにかく「いつ?」とか、「どこ?」「誰?」など、疑問文だけを先に出します。そうすれば、相手が私の言いたいことを読み取ってくれて、
「どこで買ったかって?」とか、「いつ帰ってくるかって?」などとセンテンスの続きを引き取ってくれて、「うんうんうん」と必死でうなずく…みたいな。私これってほぼしゃべってない(笑)、とにかく必死さだけは伝わってるはずです。
 こういうの相手でも、クリスマスパーティーに誘ってくれたり、電話で20分も色々話してくれたり、ばかにすることも、めんどくさがることもなく、相手にしてくれるみんなに感謝です。
posted by Yukari at 23:20| Comment(0) | 日記

音声の出る聖書のその後(後半)

12月9日
☆ 前の記事の続きです。

 とにかく、聖書を1番ほしがっていたCさんにその場で電話をかけます。英語はほぼ通じないので、私が必至のタガログ語で、「今私はRBIマニラにいます。ここに音声の出る聖書があります。でもタガログ語のがないんです、英語とセブワノだけだそうです。それでもいいですか?」と、ここまでは何とかタガログ語で伝えます。
その後、「英語かセブワノだったら、どちらがいいですか?」と聞こうと思ったのですが、私としては知ってるタガログ語を並べて、「どっちがいいですか?」と言ってるつもりなんですけれど、相手に通じません(笑)
これは私じゃだめだと思ったので、RBIの受付担当である友達に携帯電話を渡します。さすが、いつもフィリピン全国の問い合わせの電話に対応してるだけあって、優しく丁寧に相手のニーズを聞き、生活状況を確かめ、じゃあセブワノの聖書のほうをお送りしますねと確認をとってくれました。
この時、彼女がタガログ語で話すのを聞いて、「英語とセブワノの聖書だったらどちらがいいですか?」という言い方を暗記しました、次からは言えるぞ!

 けっきょく、セブワノのデジタルバイブルを5人分、そしてタガログ語のカセットテープのバイブルを5人分持って帰ってきました、超重かった。だいたい聖書をカセット録音にしたらテープ12本ですからね、こんなの5人分送ったら幾らお金があっても足りないです。
もう、よほどのリクエストがない限り、レイテ島の皆さんにお渡しするのはセブワノ語のデジタルバイブルのほうでほぼ決定ですよ。こっちは片手に乗るサイズですし、200グラムもなさそうな重さですし、太陽電池なので電気が来ていない家でも使えます。

 さて、音声の出る聖書がほしいというリクエストはCさんから出たものですが、無料でもらえるんだったらほしい人は他にもいるんじゃないかなと思って、5人分もらってきました!
私のほうも、どうせマニラからタクロバンに送るんだったら、この携帯電話くらいのサイズの物なら、一つだけ送っても、五つまとめて送っても、送料なんてたいして変わらないですしね。
フィリピンの配達サービスはあんまり信用できないので、しかも彼らが住んでる場所がそれぞれ田舎の、外部の人なんてまあめったに来ないような村なので、各自の家に送ったらたぶん途中でなくなって届かないだろうと思ってるんです。
だから、五つまとめてうちの団体のタクロバンオフィスに送って(そこなら一応街中)、同僚が各自の家に届けてくれることになっています。いずれにせよ、先月のインタビューを基に作成した提言書を印刷して、協力してくれた彼らに見せるために持って行くことになってるんです。

 というわけで、Cさん以外の他の人にも、無料でデジタルバイブルが手に入りますけどいりますか?セブワノでもいいですか?というのを聞こうと思って、夕方帰宅してから電話します。
まずは、レイテ滞在後半に訪問した家の全盲の奥さん。「来てくれてありがとう。2年間誰もこなかった、障害者は社会から忘れられたのかと思った、訪ねてきてくれてありがとう」とインタビューの最後に泣かれてしまった、その女性です。

 余談ですが私、最近週に2.3人ずつ、地方の視覚障害者たちに電話することにしました。レイテでのインタビューを通して、彼らがいかに社会から孤立しているかを知ったからです。
学校に行ったことがない、仕事もない、白杖を持っていない、外に連れて出てくれる人がいない、インターネットなど繋がって無い、携帯電話はあってもお金がなくて自分からは発信できない…、もうそうなったら、社会と繋がる手段は訪問者あるいは電話がかかってくるのを待つしかないですよね。
私たちは、むしろ1週間くらいそういう生活したいなぁとか思ってしまいそうですが、これが2年5年10年30年続いたら…、気がくるいそうに寂しいこと、自分たちは社会に存在を認識されてない、自分たちのことなんて誰も気にしてない、そう感じながら生きるのがどれだけつらいかなって。
それにレイテは、とくに1週間を600円で暮らしている視覚障害夫婦の家庭など、本当に生存確認をしてたほうがいい家庭もあります。とにかく、ただ電話するだけ、タガログ語もろくに話せない私なので、「元気ですか?どうしてますか?」って深い話しなんて何もできないですけれど、月に1回くらい電話がかかってくる、それだけでずいぶん違うんじゃないかなと。少なくともみんなのこと、覚えてるから、気にかけてるから。その存在、大事だから。
週に3人は絶対電話するとか、そういう義務的な感じになるとせっかくの大事な物失っていきますし、自己満足の偽善者っぽくなるので…、そこまで完璧に行うつもりはなくて。
レイテ島に10人ほど、そして3年前に折り紙を教えてた人たちの中で繋がってる人が二人…、12人に最低月1回は電話が行くようにと考えると、だいたい週に3人の計算になるんです。私のタガログ語、進歩するんじゃないかと期待しながら。

 そんなこんなで、夕方にその全盲女性に電話して、今度はちゃんとタガログ語で言いましたよ、「音声の出る聖書はいりませんか?無料だそうです。Cさんが、音声の出る聖書がほしいと言ったので、マニラに戻ってから探して、RBIマニラで見つけました。
カセットテープならタガログ語がありますが、ラジカセは持っていますか?」と聞くと、やはり持って無いと言います。
「デジタルバイブルならラジカセなくても大丈夫です。でも選択肢が二つで、英語とセブワノしかありません。タガログ語のデジタルバイブルがないそうです。英語とセブワノだったら、どちらがよろしいですか?」…と、ここまで、もちろん文法やら単語やらめちゃくちゃでしょうけれど、相手に通じる形で私これだけのことはタガログ語で言えるようになりましたからね!
 何より嬉しかったのは、電話をして、「もしもし、由香理です」と言ったら、「あら、由香理じゃない、久しぶり」と、ものすごく嬉しそうにそして懐かしそうに、まるで昔からの知り合いかのように答えてくれたこと。たった1時間ほどしか会ったこと無いのに、外国人の名前なんて覚えにくいはずなのに。
 先方が全編タガログ語で話してくるので半分くらいしか理解できませんが、彼女の話しから分かったのは、あのインタビューの後に写真を撮ったのですが、その写真を現像してタクロバンの同僚が彼女の家に持って行ったようです。
そして彼女たち家族は、私との写真を家の壁(内側か外側かは知りません)に張って、いつでも見えるように、本当に大事にしてくれてるみたいで。外部の人が来ることなどめったにない、ましてや外国人なんて来るわけがないような田舎なので、たちまち近所の人達の興味を集めて。
「この外国人は誰なの?どうやって出会ったの?」と村中から聞かれて、彼女は得意げに、「私には日本人の友だちがいるのよ」と話しているらしく。地方の田舎の山の小さな小さな村で、私が有名らしいですよ(笑)
いつレイテにまた来るの、いつでも訪ねてきてね、クリスマスに来ないの、うちの家はいつでもウェルカムだから…、また電話してね、ときどき電話をくれる友達がいるなんて幸せだわと…、本当に楽しそうに、会話もろくに通じない私なんかを相手に、奥さん20分しゃべりました!
 何課、温かい幸せな力もらいました。
posted by Yukari at 22:38| Comment(0) | 日記

音声の出る聖書のその後(前半)

12月9日:
 週4日勤務の私は、たいてい水曜日がお休みです。平日に休みになるこの日に、やりたいことがあったんです。
以前、タクロバンの台風被災地に住む全盲女性が、音声の出る聖書を探していましたよね。彼女は学校に行ったことがないので、点字を習っていなくて、だから点字の聖書は読めないのです。
音声の出るタガログ語の聖書がフィリピンにあるのか、ない場合はどうやって作ろうと、このブログにも書きましたし、私のフェイスブックにも英語でアップしてフィリピン人からの情報を待っていました。ブログをご覧になった日本の教会の牧師さんから連絡をいただいたりもしました。
さらに、11月29日、翌週6日とマニラ盲人教会に行った時、そこで出会う視覚障害者たちにも、タクロバンの視覚障害者の状況と、そして音声の出る聖書を探してるということを言い続けたんです。
 29日に、私のお父さん(3年前留学時のホストファザー)に会った時に、音声の出る聖書について聞いたら、お父さん自身は知らなかったのですが、元フィリピン盲人連合会長出歩かれは顔が広いです。
「ロリー、ちょっと来て。由香理が音声の出る聖書をタクロバンに送りたくて探してるんだって。相談にのってあげて」と、その場にいたRBIのスタッフを呼びよせます。
RBIはこのブログにも何度も登場しているように、フィリピンの視覚障害児教育においてもっとも力(とお金)を持っているアメリカのクリスチャンNGOです。本部はアメリカにあって、フィリピンのほうも代表者はアメリカ人ですが、その他の職員はフィリピン人です。
 ここでお父さんに紹介されたそのスタッフと話して、RBIが2種類の音声聖書を持ってることを知りました。一つはカセットテープ録音、もう一つは「デジタルバイブル」と彼女が呼んでいたもので、こっちならラジカセがなくても使えますし、使い方もシンプルだと言います。
さらに、視覚障害者なら無料でその聖書を提供すると言うのです。さすが、お金が有る団体は違いますね、よく電子機器を無料で配れますね。普段お金の力でずいぶん傲慢な活動をする団体ですが…、たまにはいい仕事します(笑)

 私にはRBIのスタッフで数人友達がいます。早速、受付担当の人に連絡をとって、そのデジタルバイブルの詳細を聞きました。配布は無料ですが、基本的にはRBIマニラに取りに来てもらう、あるいは地方に住んでる人には着払いで送って、さすがに送料までは負担してくれないそうです。
というわけで、私が5人分をマニラのオフィスへ受け取りに行って、自費で送ることになるわけですが、もう一つの問題が、確かに無料なのですが、無料でもらうためには受け取り手が視覚障害者だと証明するための障害者手帳の提示が必要だと言われて。
障害者手帳はコピーやスキャンでいいんですけれど、被災地の人達の家にインターネットやコピー機やスキャナーやデジカメがあるわけもなく、本屋さんでコピーを取ってもらってそれを郵便で発送するお金が出せるわけも無く…。
とにかく私の分を装って一つだけもらって、1番必要としているCさんにだけ送るか、あるいは障害者手帳さえ見せれば受け取りは代理でもいいらしいので、マニラの視覚障害者5人から手帳を借りて代理で受け取りに行くか…など考えながら、とりあえず今日RBIに行きました。
 けっきょく、受付担当の人が私と3年前からの友だちなこともあって、「あなたがタクロバンに行ったのは知ってるし、そこで実際に視覚障害者に会ってきた、そして彼らにわたすんだと言うなら、私はあなたを信じるから。本当は障害者手帳の提示がないとだめなんだけれど、被災地の人から送ってもらうのは不可能だろうし…。
今回は5人の名前と、全盲かどうかと大まかな生活状況さえ教えてもらえれば、それで受け取り手確認の証拠とするね」と言ってくれました。お仕事の枠を超えて、少しずつ積み上げた信頼関係に感謝です。

 ここで問題発生。なぜかこのデジタルバイブル、タガログ語バージョンがないんです!英語バージョン、あるいはセブ島のほうの言葉であるセブワノバージョンの2種類しかないそうです。
フィリピンの公用語はタガログ語ですし、1番需要が多いのもタガログなはずなのに、なぜタガログ語のデジタルバイブルを作っていなかったのか、これはいまだに謎です。フィリピンは、島や地方によってぜんぜん言葉が違います。
セブとタクロバンなんてかなり近くて船でも行けそうな距離ですが、セブの言葉はセブワノ、タクロバンはワライです。私との日常会話でも英語だと難しい彼らが、英語の聖書で理解できるわけがなくて…。
なんでタガログ語を用意してないんだ、ここまで来てまさかの…。どうやら、カセットテープのほうならタガログ語があるらしいのですが、被災地の人達がテープレコーダーを持っているわけがないですし、こちらで購入したところで、電池がなくなった時彼らには買えません。
☆ 次の記事に続きます。
posted by Yukari at 22:06| Comment(0) | 日記