2015年12月02日

一緒に活動したい、本気だから(後半)

11月29日:
☆ 前の記事の続きです。

 日曜礼拝は10時から開始で、私は10分くらい遅刻で入ったのですが、すでに演奏が始まってました。
マニラ盲人教会は、本にも書いた通り、まったくもって教会らしい建物ではありません。たんなるコンクリートの2部屋の建物をもらってるだけですし、説教壇も教会っぽいベンチなどもなくて、殺風景なコンクリートの部屋にプラスチックの椅子を礼拝の時だけ並べます。
雨が降れば雨漏り、視覚障害者への嫌がらせで外壁に落書きされたり尿をかけられてたこともあります。土地代が安いイコール、洪水が起きれば真っ先に心酔する場所です。今年のクリスマスも、やっぱりツリーどころか飾りの一つなさそうです。
 たとえばフィリピン大学の教会なら、エアコンの効いた厳粛な場所で、オルガンやピアノに合わせて、練習しつくされた2重・3重合唱の讃美歌が歌われていたりしますし、礼拝のメインは牧師さんの話しです。1時間半の礼拝なら、ただただ話しを聞く時間が1時間以上でしょう。

 しかし、ここマニラ盲人教会は違います。1番前に、ギター担当、ドラム担当、そして歌担当二人など数人の視覚障害者たちがいて、礼拝の半分近い時間はバンド演奏です。神様、幸せ、心、愛などの言葉が聞き取れるので、宗教関連の局を歌ってはいるようですけれど。
局の合間にお祈りが入ったり、牧師さんが聖書の1節を読んで説明したりする時間があるのと、あとは参加者の視覚障害者の中から、毎回二人くらい、今の思いや体験や何かしら言いたいことを自由にみんなの前でシェアする時間があります。
学校に行ってない人が多いので、長時間話しを聞いて学ぶのは難しいですし、文字が読めない人が大半なのでみんなで聖書を音読するような時間もありません。そんなのよりは、もっとみんなで歌を歌って心繋いだり、みんなの前で体験を話すことで自信を付けたり、そういうところに重きが置かれています。
学期の演奏の仕方を学んで、教会での伴走を自分が引っ張っている、みんなの前で演奏している…、その体験が視覚障害者たちの自信向上に繋がることは間違いないですし。
そうやってバンドグループを、世話役としてそしてボーカルとして、明るい雰囲気でリードしているのが、人木は輝いて見えるジェネリンです。彼女も昔、視覚障害を理由に家族に捨てられ、周囲の助けで大学を卒業し就職し、今こうして家庭を持っている弱視です。

私はここの礼拝に参加する時、「天使にラブソングを」の映画を思い出します。主人公の指導の元修道女たちがまるで教会に似つかわしくないアップテンポな歌を歌うようになり、そうしたら楽しそうな雰囲気に轢かれて町中の人たちが教会に向かって集まってきてしまう、あの雰囲気です。
内気だったり集団に馴染めなかったりする修道女たちが、歌の練習を重ねて自信をつけていく、みんなの心が繋がっていくあの映画に、ここの教会の演奏はとても似ています。
一見、マイクを持っているジェネリンたち二人が前で目立ちたいかのように見えるのですが、彼女たちが積極的に歌わないと、この場は沈みかえると思います。それくらい、この教会を利用してる視覚障害者には、暗い影が付きまといます。とくに、保護されてここに来たばかりの人は、自分の存在や生きてることが罪だと思ってますし、何もできない役立たずだと自信がないです。
それをジェネリンたちがあえて空気読まずに明るさで吹き飛ばす。互いに自分が歌っていない時、謡だしの前に歌詞を言ってるんですね。この歌を知らない人も、文字など読めない人も、新しく来たばかりの人も、歌に参加できるように。

何だか引き込まれるように、少しずつ一緒に歌うようになっていく参加者、少しずつ自分の体験や気持ちなどを外に話してもいいんだという気持ちになってく参加者。一つになれる場所がある、ようやく受け入れてくれる場所がある、仲間がいる社会と繋がってる…、彼らが何十年と得られなかったもの。
アップテンポな歌が、「幸せ、幸せ」と連呼します。何だか過去のつらさ消えて行く、何も変わらないのにこれから未来へ頑張れる気がする。壊れかけの学期をシロートが演奏してるだけのはずなのに、フィリピン大学の洗練された楽団には絶対に出せない何かが、この演奏にあります。
これ以上下手な言葉で私が説明しない方がいいですね、皆さんのご想像にお任せします。何て描写したらいいのかも分からない、この雰囲気を見てほしい…、ここに来る時、自分はフィリピンの視覚障害者に人生費やすって改めて決意します。

 私もここで何かがしたい、本当なら演奏を引っ張る仲間に入りたい。タガログ語の歌、暗記するから、興味本位とか同上とかじゃなくて、一緒に生きて行きたい、一緒に変えて行きたいっていう気持ち…、せめてそれを彼らに伝えられるタガログ語力がほしい。
私が直接会話できるのは、ジェネリンなど一部の教育を受けた視覚障害者や付添の健常者だけで、本当の利用者たちとは、挨拶や本当に基礎的なやりとりで会話が途切れざるを得ない歯がゆさ。
彼らのほうから話しかけてくれる積極性や会話のネタがあるわけもなく、話したい伝えたい入りたい聞きたい…、心で思うこといっぱいなのに、それを伝える言葉をまだ習得できていない私。
土日などお仕事がない時、私をジョイハウスに住ませてほしい、言葉分からない中で一緒に生活して生きるために学ぶ、体張って仲良くなるから。私の給料、寮の住人みんなで平等に分けての生活でもかまわないから。
日本人とか学歴とか電子機器とかそんな飾りいらない、一緒に生活してて2度と日本に帰れなくなったとしてもかまわない。一緒に活動したい、一緒に生きて行きたい、…本気だから…、それをいつか何とかして伝えて、仲間に入れてもらいたいです。
posted by Yukari at 22:03| Comment(0) | 日記

一緒に活動したい、本気だから(前半)

11月29日:
 レイテ島から帰ってきた翌日の朝、私はマニラ盲人教会にいました。本を読んでくださった人はご存知の、3年前に私が折り紙セッションをやっていた教会です。
 本題に入る前に、まずちょっとこの教会などの背景を説明させてください。フィリピンでは、障害を理由に家族から捨てられたり、ネグレクトの状態で何十年も家から出ないままただ生きていたりする障害者がいます。
職業も生活スキルも持たないまま家族に見放された危機的状況にある障碍者に、1年間職業訓練を行い、なるべく就職させるために、少なくとも20年以上前に、国立障害者職業訓練センターが政府機関として設立されました。日本で言う厚労省の下に属する施設になるのでしょうか。10月放映のテレビの時、私が訪問していた施設です。
さて、この職業訓練センターができたことで、地方から危機的状況にある障害者(とくに視覚障害者)が集まってきます。キリスト教が盛んな国ですから、こっちの人達にとってもっとも大切な施設は教会です。
そこで、視覚障害者の集う場所、知識を得る場所、そしてカウンセリングを受ける場所として設立されたのが、マニラ盲人教会で、これは韓国の教会からの寄付金によって建てられました。

職業訓練の場所と、知識を得たりカウンセリングを受ける場所ができた…、後は何が必要ですか?地方出身の彼らには住む場所がありません。
そのため、視覚障碍者向けの女子寮であるジョイハウス、男子寮であるビンハウスが建設されました。ジョイハウスは教会を建てたのと同じ韓国の教会からの寄付金によるもので、男子寮であるビンハウスを建てるお金を出したのは、私が3年前にホームステイしていた先の全盲のお父さん(当時のフィリピン盲人連合会長)です。
 もう、フィリピンの視覚障害者の状況改善に人生捧げることは、私があの家にホームステイした時に決まったと言っても過言ではないです。30年以上働いて貯めたお金を、視覚障害男性の寮建設のために費やした、そんなお父さんの元で8カ月暮らした私です。
 マニラ盲人教会や寮の運営は、もちろん韓国からの寄付金は大きいですが、マニラで職業に就いている視覚障害者からの寄付や、ただ働き同然でのサポートによって成り立ってます。何て言うか、優しさと応援の集まりで形作られているコミュニティで、私はこれらいったいの施設の雰囲気がとても好きです。
そういう雰囲気を少しでも多くの方々に感じ取っていただきたくて、取材の時の訪問先に職業訓練センターを選びました。本当はマニラ盲人教会に行けたら1番よかったんですけどね。

 ここの雰囲気はものすごく好きで、私は本気でこれらの施設を利用する視覚障害者たちの仲間に入れてほしいんですけれど、大きな問題は私のタガログ語力です。何しろ学校に行ったことがなかったり、小学校中退などの人がほとんどなので、英語なんてほぼ通じないわけで。
現在の私のタガログ語、2年半のブランク分は取り戻していて、リスニングのほうなら日常会話なら相手が言ってることの3分の1くらいは分かります。と言うか、単語としては分かるんですけれど、センテンスとしての意味が取れないことはよくあります。
とにかく、全編タガログ語での礼拝に出席したとしても、今が何を行う時間なのか、発表者がどういう体験や思いをシェアしているのかなどは、大まかなことは分かってます。
ただし、文法がほとんど分からないので、スピーキングのほうがあまりできません。英語で言えば、リスニングは中学校卒業レベル、スピーキングは中学1年終了レベルくらいでしょうか。

 さてこの日は、教会の世話役などをボランティアで5年以上勤めている、私の元ハウスメート、ジェネリンの赤ちゃんのDedication dayでした。これ日本語で何て言うのか知りません、イエスさまに、うちの子をよろしくお願いしますって言うための儀式です。
カトリックとは違って、プロテスタントはクリスチャンになるかどうかは本人が決定することなので、この儀式でクリスチャンになるわけではありません。ただ、親が自分の子どもを紹介する日で、子どもが判断力のある年齢になった時に、改めて本人がクリスチャンになるかどうかを決定します。
人生において大事な儀式の一つ(?)なので、知り合いなどを招待して行うみたいで、私もジェネリンからお招きをいただいて、この日参加していました。ちなみに、招かれた人は、子どもへのおもちゃやベビー服、あるいは1000ペソ(3000円ほど)のお金などを持って行くのが、何となくの礼儀です。
☆ 次の記事に続きます。
posted by Yukari at 20:26| Comment(0) | 日記