2015年11月25日

災害時にもっとも不利になる障害者

11月23日〜25日:

 2年前の11月8日に、大型台風であるヨランダ(日本名台風30号)が直撃した、レイテ島のタクロバンに来ています。今は大きな道路などはきれいに整備されていて、ぱっと見被災地の面影はあまり残ってないかのように見えます。
 日曜日にタクロバンのオフィスに到着し、月曜日から金曜日にかけて、視覚障害者の家を家庭訪問して災害時の体験を聞いたり、あとはタクロバン小学校と高校の特別支援学級を訪問し、小学校は担当の先生から、高校は視覚障害児数人と担当教員から話しを聞きます。

 さて、障害者にインタビューをすることになっていますが、どうやって障害者を探すのか、レイテにおいてはこれが1番問題なんです。フィリピンには、一応市役所の福祉課に、障害者の住所ロックのようなリストがあります。まあここのリストに含まれてる、把握されてる障害者なんて実際の半分以下でしょうけれど、とにかくないよりはましですよね。
ところがレイテの場合、台風で海面が上昇し、水が押し寄せて沢山の家が流された時、その障害者の住所録が流されてしまっているんです。だから政府もNGOも、台風が起きた後、障害者を探せなかったんですよ。
台風から2年たった今、リストを復活させようとしているようですが、現在リストに載っている障害者の数は、台風が起きる前の4割以下だと言われています。仕事を得るためにレイテから引っ越した障害者もいるでしょうし、命を落とした人もいるでしょうし…、だから、たんに見つかっていないのかもうレイテにいないのか、それさえ誰にも分からないんです。

 それを過去の研究データなどから知っていたので、私は最初から、障害者を探すために政府にコンタクトすることはしませんでした。フィリピンの視覚障害者同市のネットワークはとても強いです、当事者を探したければ当事者を辿るのが1番です。この国で生き抜くために、彼らの繋がりは強いんです。
 だから私がまずコンタクトしたのは、フィリピン盲人連合のマニラ支部の代表者でした。その人に、レイテの視覚障害者団体知りませんか、あるいはレイテの視覚障害者でお知り合いはいらっしゃいませんかって聞いたんですね。
そうしたら、レイテで生まれ育った全盲男性で、現在はマニラ(私の家の比較的近く)に住んでる人がいると言って、私たちを引き合わせるミーティングを設けてくれたんです。そのレイテ出身の人は英語がほとんど通じないので、マニラ支部の代表者がミーティングの時はかならず来てくれて、私たちの間で通訳してくれてました。

 タクロバンだけでも成人視覚障害者を30人知ってる、タクロバン周辺にさらに20人知ってる、誰でも紹介するし、視覚障害者関連のNGOにも行けるようにアレンジしてあげるし、特別支援学級にも訪問できるようにしてあげる…と、最初はものすごく協力的だったんです。
 ただそれと同時に、「彼らはもうインタビューに疲れてる、思い出したくない経験を図々しく聞かれて、写真撮られて、かならず支援するからねなどの約束をされて、けっきょく何のサポートもこない…、そうやって裏切られることにもう嫌気がさしてる」という忠告も受けました。
だから正直なところ、興味半分に調査をしてほしくない、彼らに何も利益がないのなら、現地でプロジェクトを立ち上げるわけでも、何か支援物資を配布できるわけでもないのなら、もうこれ以上余計な調査をしないでほしい、彼らを見世物にしないでほしい、と。
彼の言うことは、もっともだなと思いました。ICANはレイテで障害者向けのプロジェクトを立ち上げるわけでもなくて、何か支援物資を配るわけでもなくて。
ただできるのは、彼らの体験やアドバイスを基に、「災害が起きた時、障害者に対してNGOや政府はこういう活動をすべきです」という提言書を書くことだけで、それって直接的にはレイテの障害者に何の利益もないんですよ。
でも私、仕事だから、この業務を達成するように言われてるから、新たな調査を彼らに課すために行かなきゃいけない…、聞かなきゃいけない。自分はどうふるまえばいいのか、どうすれば彼らを再び裏切るようなことにならないか、どうすれば「参加してよかった」って思ってもらえるか…、悩みました。
posted by Yukari at 17:55| Comment(0) | 日記