2015年11月07日

感謝を繋ぐ糸

11月1日:
 教会でのキャンプ2日目。女ばっかり5人部屋なので、とりあえず朝はバスルームの取りあいになるわけで。こういう時、お手洗いも洗面所もシャワーも全部が一つのスペースにまとまってる海外は不便ですよね。

 朝ごはんを食べて、今日は日曜日、そうです礼拝です。みんな日曜日に教会へ行く時は余所行きの服装でおしゃれします。さっきまでズボンにtシャツだった私も、シャツワンピースに着替えます。
 礼拝が終わると、午前中最後、そしてこのキャンプ最後の活動です。今回の参加者は100人ほどで、何かをシェアしたり話し合う時は、1グループ10人弱の班に分かれます。各自椅子を移動させ、グループごとに輪になって座ります。
各グループに配られた、一つの毛糸玉。周囲は何をするかだいたい分かっているようですが、こういう教会の行事に参加することがあまりない私にとっては、いったい何するの?とまったく次の活動が分かってません。

 まず、グループのリーダーがその毛糸玉を持ちます。それで、グループメンバーの中で、誰か一人の名前を挙げて、その人への感謝の言葉を伝えながら、自分は毛糸の端を持ったまま、毛糸玉を相手にわたすのです。
「今回のキャンプで、あなたがグループのみんなを優しく見守ってくれたこと、貴重な体験をシェアしてくれたことに感謝しています」などと言って、リーダーからその相手に毛糸玉が渡されると、リーダーとその人の間にまず1本の糸ができますね。
さらに毛糸玉を渡された人は、また別の誰かに感謝を伝えながら毛糸玉を渡します。これを何度も繰り返すと、やがてメンバー全員が少なくとも1回以上毛糸の一部を持っていることとなり、輪になったグループの中に、蜘蛛の巣のような感謝の糸が繋がっていくんです。
もちろん、リーダーシップや貢献した内容などに感謝される人もいますが、そんな特別なことじゃなくても、「今日この場に参加してくれたことに感謝」「声をかけてくれたことに感謝」、引っ込み思案な人に対してであれば、「勇気を持って発言してくれたことに感謝」など、それぞれの存在そのものへの感謝の言葉が出てきます。

 何だか、私がいつも言っている、「誰もが必要とされている社会」「誰もが他人に対してできることがある社会」…、そして「ありがとうは、他人のできることを尊重する魔法の言葉」、それらをまさに物理的に表しているのが、この活動だなって思いました。
これが単に互いに感謝の言葉を言うだけだと、何だか実感がないというか、何だか「だからどうした」という雰囲気になってしまう気がするのですが、こうして輪になって毛糸玉を渡して行って、人と人が糸で繋がって、みんなの間に感謝の蜘蛛の巣できた時、これぞ共生社会って思いました。
誰かこの雰囲気にむずがゆくなって冷めてしまう人がいると、一気に興ざめの活動かも知れないですけれど。もしみんなが、感謝を伝えるこの雰囲気に飲まれていってできるなら、これ、教会以外でも学校や職場など何かの組織に、ぜひ取り入れていけると素晴らしい活動な気がします。
 この後、互いに小さな紙にグループのメンバーそれぞれに感謝を伝えるお手紙を書いて、各自相手にわたして、私もみんなからの感謝の手紙を持って帰ってきたわけなんですけれど。

 これ、障害児教育のプロジェクトが始まったら、あるいは次にフィリピンで障害者向けの何かの活動をする機会があったら、こういう互いに感謝を伝えるアクティビティをぜひ取り入れようって思いました。
障害者なんだから何もできない、人の世話になることしかできない、社会から必要とされてない、能力なんてない…、そう思ってる人が大半のフィリピンの障害者社会。
そこで互いに感謝を伝える時、他人の言葉から、自分の能力や調書、評価されてることやできることが見えてくるきっかけになるんじゃないかって思うんです。来てくれてありがとう、体験を話してくれてありがとう…、そういうさりげない感謝に、ここに自分が存在してていいんだって自信持てる気がするんです。
何気ない活動で、毛糸と紙とペンさえあれば、お金なんてかからずにできる活動…、でもこういう何気ないところから救われる人が沢山いる、間違いなく社会に大事な物をもたらす活動なんじゃないかなって思いました。
posted by Yukari at 18:18| Comment(0) | 日記