2015年11月11日

信頼関係

11月5日〜7日:

 私たちのNGOでは、一般向けのスタディーツアーを年に6回、あとは毎年恒例となっている幾つかの高校からのスタディーツアーなどを実施しているのですが、その他に、フィリピンに住んでいる日本人を対象者とした1日事業地体験があります。
それが、11月7日に行われました。基本的には、フィリピンの会社で働いている人やフィリピン駐在の奥様、あるいは外交官やフィリピンに留学中の大学生などが参加者です。
 ICANの事業地である3か所に行くんですけれど、その内の一つ、ごみ処分場であるパヤタスの近くで暮らす人々を訪問する時、途中で二つのグループに分かれて、家庭訪問をするんですね。
現地駐在の人々が参加者なので、まあみんな、日常会話レベルの英語はきっと分かるでしょうし、たまにタガログ語での会話さえ問題ない人がいたりもするんですけれど、一応…、念のため、私たちスタッフが通訳することになってます。


 いつもなら、パヤタスを長年担当しているスタッフがメインで、家庭訪問で二つに分かれる時だけ、タガログ語ができるインターンの学生が通訳に入ってたんです。
でも、今回は授業と重なってそのインターンさんが参加できないことが分かってて、代わりで家庭訪問通訳に入ることになったのが私でした。
 私自身、パヤタスは自分の担当事業ではないので、現地を訪れたことが1度しかありませんでした。だからまず、資料をもらって必至で拝啓など勉強です。強制退去とか、呼吸器系疾患とか、ごみの中でよく拾い集める物の名前とか、普段は使わない英単語も幾つか覚える必要があります。
 パヤタスに住んでいる現地の人達は、基本的に英語があまり得意ではありません。だから、住民は自分の体験をタガログ語で話します。今回メインの引率者であった先輩スタッフは、タガログ語での会話に困らないので、直接タガログ語から日本語に通訳ができるんですけれど。
私は、もちろんそこまでタガログ語ができないので、フィリピン人スタッフとペアを組んで、現地の人のタガログ語を、まずフィリピン人スタッフが英語に訳し、そして私がそれを英語から日本語に訳すことになります。
日本人参加者から質問が出た時も同様で、私が英語に訳し、もし現地の人が理解が難しそうだったら、フィリピン人スタッフがタガログ語で捕捉します。
 まずこれ、本当に私がいる必要はあるのかっていう、ここつっこみどころですよね?フィリピン人スタッフが英語に訳してくれさえすれば、参加者のほとんどはもうそれで大丈夫かと。私が訳し切れてないところまで気づかれてる感じかと思います。

 とにかく、入社してから私が通訳を務めるのはこれが2回目ですが、前回は英語が話せる人たちだったので、単純に英語と日本語の間での一人通訳でした。今回は事情が違うので、本番の二日前に、先輩スタッフに連れられて、現地に通訳の練習に出かけたんです。
 現地のお母さんたちに挨拶するわけですが、やっぱり、みんなは慣れ親しんだ先輩スタッフのほうにばかり話しかけて、私は挨拶だけ交わしてそれっきりな感じになります。そしてお母さんたちが先輩スタッフに聞くのは、
「いつもの●●君はどうしたの?どおうして彼じゃないの?彼はタガログ語ができるじゃない、状況が分かってるじゃない」と。
やっぱり、慣れ親しんで信頼してる、いつものインターンさんがいいんですよね。余所者刊半端ないです。ごめんなさい私で、って感じですね。
 実際に、当日話しをするお母さんと、当日ペアを組むフィリピン人スタッフと3人で、そして先輩スタッフが日本人参加者の役になって、通訳の練習をするわけなんですけれど。これ、通訳っていうか言語を変えての伝言ゲームですからね。たとえ単語が分かってても、拝啓を知らないと難しい部分もかなりあります。
 正直なところ、練習の時の自己評価はよくないです。とにかく訳せるけど、互いの信頼関係成り立って無いですし。なんでこいつなんだ、って思われながらですし。

 さて、土曜日当日。つい一昨日会ったばかりの現地の人達なので、さすがに覚えてくれているので、何だか今度は最初から親しげに挨拶してくれます。まあ…、ここに来るのが初めての参加者たちがいる中で、3度目の私はまるで以前からの知り合いかのように感じるというか。
 最初は全員でごみ山などを見学して、そして二つのグループに分かれます、いよいよ私のお役目開始です。パートナーであるフィリピン人スタッフと、参加者4人とともに、ここに住む1軒のお宅にお邪魔します。
 1度練習している、2度目だというのは、大きな違いですね。私とフィリピン人スタッフと、この家のお母さんの3人の間で、ぴったり息が合うのを感じてました。
そしてお母さんのほうが、参加者たちの反応や質問などから、自分の言ったことがちゃんと訳されているって思ってくれると、心の距離が縮まってきます。私に通訳を任せても大丈夫だっていうお母さんからの信頼を、ほんの少し寄せていただけたように思います。
ちなみに、私こうして日本語と英語の通訳してますけれど、参加者の中には海外での勤務経験13年とかっていう人もいらっしゃいましたからね。絶対、どう考えても私より英語できます。はたして私は必要なのか、これ永遠の疑問です。
まあ、皆さん大人なので、べつに通訳いらないなって思いながらも、年下の拙い通訳を寛大に見守ってくれて、私の仕事を取らないようにと寛大に日本語で質問してくださいました。

 午後からも現地のお母さんたちに会うのですが、先ほど家庭訪問した家のお母さんが、また私の隣に座ってくれたりなど、…私、ほんの少し認めてもらえた、受け入れてもらえた気がしました。
なんであなたなんだ、なんでいつもの人じゃないんだと明らかに歓迎されて無かった2日前。それが、今日は他のお母さんたちも私の名前を憶えてくれてて、帰りに「今日はありがとね、またね」とハグしてくれる感じ。信頼関係の第1歩を築けたこと、嬉しかったです。
posted by Yukari at 23:34| Comment(0) | 日記

2015年11月07日

感謝を繋ぐ糸

11月1日:
 教会でのキャンプ2日目。女ばっかり5人部屋なので、とりあえず朝はバスルームの取りあいになるわけで。こういう時、お手洗いも洗面所もシャワーも全部が一つのスペースにまとまってる海外は不便ですよね。

 朝ごはんを食べて、今日は日曜日、そうです礼拝です。みんな日曜日に教会へ行く時は余所行きの服装でおしゃれします。さっきまでズボンにtシャツだった私も、シャツワンピースに着替えます。
 礼拝が終わると、午前中最後、そしてこのキャンプ最後の活動です。今回の参加者は100人ほどで、何かをシェアしたり話し合う時は、1グループ10人弱の班に分かれます。各自椅子を移動させ、グループごとに輪になって座ります。
各グループに配られた、一つの毛糸玉。周囲は何をするかだいたい分かっているようですが、こういう教会の行事に参加することがあまりない私にとっては、いったい何するの?とまったく次の活動が分かってません。

 まず、グループのリーダーがその毛糸玉を持ちます。それで、グループメンバーの中で、誰か一人の名前を挙げて、その人への感謝の言葉を伝えながら、自分は毛糸の端を持ったまま、毛糸玉を相手にわたすのです。
「今回のキャンプで、あなたがグループのみんなを優しく見守ってくれたこと、貴重な体験をシェアしてくれたことに感謝しています」などと言って、リーダーからその相手に毛糸玉が渡されると、リーダーとその人の間にまず1本の糸ができますね。
さらに毛糸玉を渡された人は、また別の誰かに感謝を伝えながら毛糸玉を渡します。これを何度も繰り返すと、やがてメンバー全員が少なくとも1回以上毛糸の一部を持っていることとなり、輪になったグループの中に、蜘蛛の巣のような感謝の糸が繋がっていくんです。
もちろん、リーダーシップや貢献した内容などに感謝される人もいますが、そんな特別なことじゃなくても、「今日この場に参加してくれたことに感謝」「声をかけてくれたことに感謝」、引っ込み思案な人に対してであれば、「勇気を持って発言してくれたことに感謝」など、それぞれの存在そのものへの感謝の言葉が出てきます。

 何だか、私がいつも言っている、「誰もが必要とされている社会」「誰もが他人に対してできることがある社会」…、そして「ありがとうは、他人のできることを尊重する魔法の言葉」、それらをまさに物理的に表しているのが、この活動だなって思いました。
これが単に互いに感謝の言葉を言うだけだと、何だか実感がないというか、何だか「だからどうした」という雰囲気になってしまう気がするのですが、こうして輪になって毛糸玉を渡して行って、人と人が糸で繋がって、みんなの間に感謝の蜘蛛の巣できた時、これぞ共生社会って思いました。
誰かこの雰囲気にむずがゆくなって冷めてしまう人がいると、一気に興ざめの活動かも知れないですけれど。もしみんなが、感謝を伝えるこの雰囲気に飲まれていってできるなら、これ、教会以外でも学校や職場など何かの組織に、ぜひ取り入れていけると素晴らしい活動な気がします。
 この後、互いに小さな紙にグループのメンバーそれぞれに感謝を伝えるお手紙を書いて、各自相手にわたして、私もみんなからの感謝の手紙を持って帰ってきたわけなんですけれど。

 これ、障害児教育のプロジェクトが始まったら、あるいは次にフィリピンで障害者向けの何かの活動をする機会があったら、こういう互いに感謝を伝えるアクティビティをぜひ取り入れようって思いました。
障害者なんだから何もできない、人の世話になることしかできない、社会から必要とされてない、能力なんてない…、そう思ってる人が大半のフィリピンの障害者社会。
そこで互いに感謝を伝える時、他人の言葉から、自分の能力や調書、評価されてることやできることが見えてくるきっかけになるんじゃないかって思うんです。来てくれてありがとう、体験を話してくれてありがとう…、そういうさりげない感謝に、ここに自分が存在してていいんだって自信持てる気がするんです。
何気ない活動で、毛糸と紙とペンさえあれば、お金なんてかからずにできる活動…、でもこういう何気ないところから救われる人が沢山いる、間違いなく社会に大事な物をもたらす活動なんじゃないかなって思いました。
posted by Yukari at 18:18| Comment(0) | 日記

2015年11月06日

三者三様

10月31日〜11月1日:

 またしてもハードなスケジュールをこなしていました。10月30日の夕方、会議が行われていたオロンガポを出て、途中で夕食に寄ったりもしましたが、マニラの家に帰り着いたのは午後10時ごろだったんです。
そこから、メールをチェックして返信が必要なものに返事したり、職場に簡単な報告メールを送ったり、ついでに明日からのキャンプに向けてあわてて荷物を詰め買えたり…、そんなこんなしてると、午前2時近くになります。
そこから寝て、朝9時には再び家を出ていました、今からタガイタイという火山などもある地方で、教会のキャンプです。その教会のメンバーであるフィリピン人家族(両親と娘3人)が車で迎えに来てくれていっしょに向かいます。
 私は、けっしてクリスチャンではありません。だから、教会の宗派などもとくにこだわらないんですけれど、フィリピンにおいてもっとも人付き合いの輪が広がるのは教会です。
仕事や学校とは関係なく、趣味や年齢が違っても集える場所、そして互いの経験や考えや気持ちを語り合う機会などがあるので、自然と人が仲良くなりやすいのに加えて、教会だからこそどんな人でも受け入れる雰囲気があります。

 今回キャンプに参加しているのはフィリピン大学の中に建て者を持つ教会なんですけれど、実際の大学生なんて半分以下で、その家族(両親や妹など)や10年以上前にフィリピン大学を卒業した人、はてはフィリピン大学の留学生にボランティアで英語を教えてるおばちゃんなど、完全に部外者も混じってます。
 私は、それこそ留学生のお世話をしているおばちゃんに連れられて、3年前の留学中に初めてこの教会へ行き、そこで出会った友達たちと今でも数人関係が続いています。いいえ、白杖持った人なんて私以外いないから先方に与えるインパクトは大きいので、たとえ数カ月に1回しか顔出さなくても周囲は私を覚えてます。
 今回私を車で連れて行ってくれてる家族は、長女が私とほぼ同い年で、留学中に共にフィリピン大学で学んでました、学部はぜんぜん違うんですけれど。だから、1番最初からの友だちはこの家の長女です。
でも教会に行く内に、他の妹たちとも親しくなり、去年の春に彼女たちが日本へ旅行に来たこともあって、今ではむしろ次女とのほうが親しいかも知れないです。現在長女は社会人、次女が大学4年生、三女が…、大学1年か2年かだと思います。ご両親とはこの日初めて会いました。

 キャンプと言っても教会のキャンプなので、お昼ご飯の後は、「人を愛する鵜ことについて」「社会においてグループの役割とは何なのか」などのセッションです。その後、レクリエーションでゲームなどをし。
夕食の後は、今日の活動を通して何を学んだか…などをシェアし合う時間で、そしてちょっとした自由時間のちに就寝となります。これは「ファミリーキャンプ」で、基本的には家族で参加なので、私はいっしょに連れて行ってくれた家族の一員扱いになってます。

 男女は建物違うので、私たちの部屋は、この家族のお母さんと娘3人と私との5人部屋です。面白いのが、この3姉妹の典型的な見た目の違いと性格の違い。フィリピンって、アメリカやスペインの血が入っている人がいたり、国際結婚している人がとにかく多い国なんですけれど。この家族も、おじいちゃんまで辿るとアメリカ人とインド人がいるんですね。
その結果、長女はまるで白人、顔もアジア人には見えません。写真を見せたら、誰もが認めるくらいの美人です、今のところフィリピンで出会ったもっともかわいい女の子第1位は彼女ですね。その品のある見た目と、姉妹でもっとも大ざっぱな性格のコントラストがまた、家事などはやらせないほうがいいです!!何回か手引きしてて私を段差から誤って落としましたからね(笑)
そして次女は南アジアの人っぽくって、背丈は私とほぼ変わらない、つまりちっちゃいです。動くのは嫌い、甘い物が好き…、1番気の利く家庭的な感じの優しい子です。三女が唯一フィリピン人に見える、背の高い全体的に体格の大きな子です。
さらに正確。とにかく社交的で人の中に出て行くのが好きな長女、どちらかと言えば静かな部屋にいることを好む、家族や親しい友人に対してはもっとも優しいのが次女。そして…まだ性格がつかめていませんが、ちょっとボーイッシュな三女です。

 そうしたらですね、部屋に戻ってからのベッドに入るまでのしばしの時間も、三人三様のことしてます!本を読んでいる長女、パソコンで大学の課題をやっている次女、そしてアイパッドで音楽聞いてる三女。
 まあ、兄弟の興味や性格というのはむしろ異なって行くものだと私も自分の兄弟たちを見て思うのですが…、それにしてもこの3姉妹の各自がまったく違う方向に成長した感じは、なかなか興味深いです。
posted by Yukari at 21:51| Comment(0) | 日記