2015年10月21日

私も7番目の子ども(その3、最終)

10月10日:
※ 前の記事の続きです。

隣にいた友達に、この家の家族構成を簡単に説明します。子どもが6人いて…などなど。そうしたらお父さんが、
「そして由香理は、この家の7番目の子どもなんだよ」と友達に向かって付け加えてくれました。「本当ですか?私もあなたの娘扱いでいいんですか?」と聞く私に、
「うちの子は7人だよ。由香理が末っ子」と迷わず答えてくれたお父さん。8カ月も暮らした家なので、いまだに家の中の配置はばっちりで、手を洗いに行ったりなど自由に動いてる私を、お母さんは嬉しそうに見守ります。
泣ける…、国籍も言語も違う私を受け入れて、うちの子だと友達に紹介してくれるお父さん。自分の本当の子どもたちと分け隔てないくらい大事に育てられたのは知ってます、でもうちの家族の一員だって、言葉として聞いたの初めてだったんです。
ついに私、家族がいるらしい、2年半国を離れても、途切れない家族がいるらしい…、この国に、フィリピンに。
知識と人脈を兼ね備えて、でも下手に口出しするわけでもなく、今はもう若い人たちが活躍すべきだと1歩引いたところからみんなを見守る素敵なお父さん。私が困った時には、かならず助けてくれる、さりげなく陰から支えてくれている人格者です。
そして、いかにも沢山の子どもを育て上げましたという感じの、包容力に満ち溢れたお母さん。子どもたちにお腹いっぱい食べさせるのが好きで、優しさや温かさが見た目にも表れてます。

 いつ帰ってきても、この家はフィリピンで1番落ち着く場所、フィリピンで1番安心できる場所、フィリピンで1番大好きな場所です。
「由香理、そろそろ彼氏できた?」と、コップ洗いながら聞く1番上のお姉ちゃん。
「私の彼氏なら、テーブルの下にいますよ」と、私の足元でしっぽ振ってるミゲルを指さします。
「違う、人間よ人間。誰かいないの、あんたそろそろ」「まだ探してます。お姉さんこそ、彼氏できたんですか?結婚はお姉さんの先を越しちゃいけないと思って」
ちなみにこの人、私の10歳くらい上で、いかにもキャリアウーマンっていう感じの、…申し訳ないですが一生独身で過ごしそうな、ちょっと言葉のきつい女性です。アジア人っぽくないというか、ストレートにものをいう人です。
「え、男?まだよ、私の基準に叶う男が出てこないのよ。優しくて高収入でかっこよくて、頭良くて、家事も何もかもやってくれて、私が養ってあげなくてもちゃんと自分で生きていけて…、そういう男出てきたら、結婚してやってもいいわよ」
まあこんなことを、きれいな英語でまくしたてる長女なのでありました。これじゃねぇ、ちょっと彼氏は全て主導権握られますよ。背が高くてスタイルはモデル並み、そしてパリッと服来て、車に乗って颯爽と出かけて行きました。

「お父さん、そういえば、私の携帯を…、ちょっと直してほしいんですけれど。前に、私の携帯が壊れて、携帯ショップに持って行って、直してもらったんですね。機能としては治ってるんですけれど、彼らは音声読み上げソフトについて知らないから、読み上げ機能をオンにするやりかたを知らなくて。だから、いまだにこの携帯、しゃべらないままなんです」
こうやって私が何かに困った時、絶対に助けてくれる、絶対に解決してくれるのがうちのお父さんです。お父さんの力で無理な時は、それを解決できる人を知ってます。
今回も、全盲のお父さんには、しゃべらない携帯はどうしようもないのですが、読み上げソフトのインストールや設定などをできる健常者を知ってます。早速、近くのマニラ盲人教会に電話して、「そっちにホセいる?ちょっと由香理の携帯を見てあげてほしいんだけど」と連絡してくれるお父さん。
こっちに戻ってきて、「今ちょっと、ホセが出かけてるんだって。今日、その携帯、うちに置いて行ける?そうすれば、ホセがこっちに来た時に、直し解くから」

 さて、夕方の重体が始まる前に、そろそろお暇しましょう。リビングのほうに、鞄を取りに行きます。「私たち、そろそろ帰りますね」と、リビングにいた視覚障害のおばちゃんたちにタガログ語で言う私。
「あら、帰っちゃうの?まあね、重体始まるもんね。気を付けてね」と彼女たち。
すると後ろからお父さんが、「まあでも、由香理は近いうちにまたここに来るよ。何しろ、携帯置いて帰るんだから。来週にはまた取りに来るよ」と嬉しそうに付け加えます。
 家の玄関から出る私と友達、ゲートを開ける私たち。
「そこ、左に行って道路に出たら、タクシー拾えるから。由香理、場所覚えてるよね?」と、ゲートのところまで優しく見送ってくれたお父さんなのでありました。
posted by Yukari at 18:38| Comment(0) | 日記

私も7番目の子ども(その2)

10月10日:
※ 前の記事の続きです。

 そうやって一通り挨拶を済ませた後で、テンテンがちょっと遠慮がちに、「えっと、実はね?私たち今ここで、フィリピン盲女性連合のミーティング中なんだけど…」と言います。
「え?あ、ごめんなさい、どうぞ続けて」…私は思いっきり会議の邪魔したみたいです、すみません、会議中にケーキ持って乱入しました。でも、事前にこの日、2時ごろ行くってことは伝えてあったんですけれど。

「いいよいいよ。由香理、最近はどうしてるの?仕事のほうはどう?」「由香理といっしょに来た友だちは?名前何て言うの?何してる人なの?」「あなたたちどこで知り合ったの?」などなど、おばちゃんたち会議中断して雑談に私たちを入れてくれました。
後ろでそれを、ニコニコしながら見守るうちのお父さん。私たちがケーキを持ってきたことに気が付いて、会議を邪魔したと私に気を使わせないために、早速そのケーキをキッチンに切りに持って行ってくれるテンテン。
私は、現在自分が立ち上げようと考えているプロジェクトについて話します、それを優しく受け止めるように全部聞いてくれるママテス…、今週末、テレビにも映るマッサージの先生です。
そんな話しを聞きながら、アドバイスや情報をくれたり、冗談言って笑いを巻き起こしたりする周囲の視覚障害女性たち。外国人で、一人タガログ語がほとんどしゃべれず、英語で紛れ込んだ私のために、周囲は会話を英語に切り替えてくれます。
彼女たちだって、英語を日ごろから使っているわけではないので、もちろんタガログ語のほうが楽なんです。まあ言い換えれば、英語でも会話できるくらい、大学まで出た特別な視覚障害者たち、いわゆるフィリピンの盲女性を本当の意味で代表するずば抜けて優秀な人たちのほとんどが今ここに揃ってます。

 さて、会議をこれ以上邪魔してはいけないので、そしてお母さんに会いたいので、私は奥のキッチンのほうへと引っ込みます。お父さんもキッチンのほうに来てくれて、久しぶりに両親と食卓を囲みます。週末だけ帰ってきてる、1番上のお姉ちゃんもいました。
リビングのほうでも、ケーキなどを食べながら会議を続けてるようですが、私たちもおやつを食べましょう。フィリピンでは、他人の家を訪問する時は、何か食べ物など差し入れを持って行くのが礼儀です。
だから、今日はいっぱい食べ物があります、私が持ってきたマンゴーケーキ、午前中だけここに来ていた人が置いて行った2種類のアイスクリーム、プトというお米の粉で作った蒸しパン。
お母さんが、お手伝いさんに小銭を渡して、外でコーラとスプライトを買ってくるように言ったので、飲み物もゲットです。ちなみにフィリピンでは、お水以外は、冷たい飲み物なら炭酸飲料、温かいとちょう甘いコーヒーというのが一般的です。

 リビングのほうに残っていた私の友だちも、キッチンのほうに呼びました。さあ、ケーキ食べますよぉ!って、なんだ?家の中に入ってきた四足の足音。
「え?犬!」と隣で友達びっくりしてます。すみません、うちの家、わんちゃん放し飼いなんです。もちろん、道路へ出るゲートは閉めてあるので、うちの家の敷地からは出られないんですけれど、家の周りは自由に走り回れますし、今日のように玄関を開けっ放しにしている日は家の中にも入ってきます。
「ミゲル?ミゲルなの?」と私が呼ぶと、この子まだ私がここにいたことちゃんと覚えてるので、私が座ってる椅子の真横までやってきて、椅子の横にぴったりくっついて、すごい嬉しそうにしっぽ振ってます。ちなみに、ラブラドールの牡なのでけっこう大きいです。
「ミゲルは由香理を覚えてるのね」と嬉しそうにお母さん。ミゲルの頭をしばらくなでていると、床に座ってここから離れない体制になり、しまいにゴロンとお腹見せて床に寝転ぶミゲル…、椅子の上からじゃ届かないので私も床に下ります。私、ケーキ食べられないじゃないか。
そうやって数分ミゲルと遊んでて、「由香理、ケーキそろそろ食べたら?」とお母さんにタガログ語で言われたので、手を洗って再び食卓へ。
※ 次の記事へとまだ続きます!
posted by Yukari at 18:09| Comment(0) | 日記

私も7番目の子ども(その1)

10月10日:

 最近、記事の日付が行ったり来たりしてしまっていてごめんなさい。もうすぐ、このブログは実際の日にちに追いつきますから、もう少し過去にお付き合いください。
10月10日、今日は以前ホームステイしていた家の、ホストシスター(弱視」の誕生日です。誕生日が10月10日だから、彼女のニックネームは「テンテン」。
ちなみにフィリピンでは、このように2音を繰り返すニックネームがよくあります。たとえば、ニノイ・アキノ大統領のニックネームは「ノイノイ」です。
 たまたま、10月10日は土曜日だったんですよね、おっと、お休みの日じゃないか、私、ホストファミリー訪ねられるじゃないか。ようし、バースデーケーキ持って、ホストファミリーのところへ行きましょう。

 現在も私は、一つの家庭にホームステイしていますが、ここの家の子どもという感覚は互いにありません。あくまで置いてもらっている他人の家という感覚は、いつまでたっても抜けません。
他に書き表しようがないので、ホストマザー、ホストファザーなどとここに書いていますが、実際にはホストマザーのことも「●●先生」と呼んでいますし、ホストファザーのことも、「●●さま」のような、英語でいうと「Sir」を付けて呼んでます。
けっしてよそよそしいという意味ではないんですけれど、家族の一員になった感はないですし、気の置けない場所…と言えるのかどうかは分からないです。たぶん、下手に日本人同士だったりするから、よけいにいつまでたっても他人行儀感が抜けないんだと思います。
 私にとってのフィリピンの家、フィリピンの家族、ホストファミリーはやっぱり3年ほど前に8カ月間暮らしたあの家なんです。以下、私がお父さん、お母さんなどと言う時は、全て前の家のホストファザーやホストマザーを意味していると思って下さい。

 うちの家の説明をちょっとすると、お父さんは視覚障害者の世界ではかなり名の知れた人です。フィリピン盲人連合の、2.3期前の会長なので、彼の家に住んでいる(=彼の娘のようなもの)というステータスのおかげで、私はこっちの視覚障害者コミュニティに入れてもらえたようなものです。
そしてお母さんと子どもが6人、全員私より年上ですでに働いてます。3番目の女の子が弱視で、今日のバースデーガール、テンテンです。
今この家に残っているのは、両親とテンテン、そして通いで日中だけやってくるお手伝いさんの4人です。週末だけ、車で1時間ほど離れた都心で働いている1番上のお姉ちゃんと末っ子の男の子が帰ってきます。
ちなみに、2番目のお姉ちゃんはカナダ、4番目のお兄ちゃんはオーストラリアにいます。4番目と5番目が双子で、フィリピンでは双子がいっしょに育つと病気にかかりやすいという迷信があるため、5番目の女の子はお父さんのお姉さんの家で育ちました。

 この日は、朝からショッピングモールで日本人の女の子と会っていました。二人でランチして、バースデーケーキ買って、それを持ってうちの家に向かいます。チョコレートケーキやティラミスとかもあったけど、フィリピンはフルーツのケーキが絶対1番おいしい…ということで、選んだのはマンゴーのホールケーキ。
 家には、いつもの4人と、週末帰ってくる二人くらいかなって思ったら…、あれ?家入ってびっくり、何打この盲人のたまり場は!今週末放送のテレビにも出てくる弱視女性と、その他私が1度だけ会ったことある弱視女性が3人、そして彼女たちのガイドやら息子やら。いや、視覚障害者もっといたかも知れません。
この家に来るのも3カ月半ぶりくらいなので、「お父さん久しぶりぃ」「テンテン、お誕生日おめでとう」、「今日はね、日本人の友だち連れてきたよ」などとやっていて
むこうも「いらっしゃい。今日はママテスも来てるよ。あと、ジェニと…」
「ハーイ由香理、久しぶり」
「そして、シーラとアヤ、覚えてる?8月のイベントで会ったでしょ?」
 …こういう時焦るんですよね。あのですね、むこうにとっては日本人の全盲は私だけかも知れませんが、私にとっては1回挨拶を交わしただけのフィリピン人は違いが分からないわけですよ、名前なんて1回で覚えるのは正直無理です。
それも、いっしょにご飯食べたとか、その人だけに出会ったとか、名刺交換したとかならまだしも、300人以上集まったイベントで、1回挨拶したって言われても…、いや無理ですって、覚えてるわけないですって。
私の反応が微妙だったことから、こいつ絶対見分けついてないぞっていうのがばれてしまって、アヤさんに、「いいよいいよ、私のことは覚えて無くても」って笑いながら言われてしまいました、ごめんなさい。
ちなみにこの時、その他のジェニンとシーラも、私別の人と混同してて、あとで話しながら、あああの時会った人かって心の中で情報を修正したんですけどね(笑)
※ 次の記事に続きます。
posted by Yukari at 17:44| Comment(0) | 日記