2015年10月07日

緊急速報、石田由香理の修士号取得が確定しました!!

10月7日:
 まだこれからも9月の日本帰国の話しは書いていくんですけれど、今、緊急速報が入ったので、一気に日付を飛ばして今回だけ今日の話しを書きます。

 サセックスの教育開発学科の事務局から届いた、修論の成績。
ちなみに、これはイギリス基準なのかサセックス基準なのか知りませんが、とにかく3段階です。
7割以上の点数があれば「優れている」、61から70までだと「普通」、そして51から60までは「単位取得」の成績がつきます。5割を下回ると、単位を落としたことになります。
7割で「優れている」って、意外と甘いなって思うでしょ?えっとですね、基本的に8割以上がつくことなんてほぼ存在しません。クラスが13人いて、7割以上がもらえるのって上の3人いるかいないかです。

そして私は今まで、1学期2学期と、ずっとこの6割台の点数にいて、「普通」の成績をつけられていました。まあ、良くも無く悪くも無くっていう、べつにどっちでもいい学生の一人ですね。
今回、ついに取ったんです、Distinction、つまり7割以上の「優れている」の中に入りました、私の修論!
しかも修論って、今までの授業の単位数に匹敵するくらいの単位が入りますからね、最後に逆転ホームランです。

 「優れている」に選ばれた学生の論文は、教育学部の先生方や博士課程の人たちに配布される冊子に掲載されます。
また「優れている」に選ばれた学生の論文は、見本論文として、今後の後輩が閲覧できる形で残されます。そこに、入ったんですよ!
嬉しすぎる、嬉しすぎる、嬉しすぎる…、3回も書かなくてもいいですね?

 よかった…、ずっと文献もらえなくて苦しんだ最初の4カ月。とにかくさんざんだった最初の4カ月、大学側からはけっきょくろくに受けられなかった学習サポート。
途中で就職決まって、週4の勤務と両立しながらフィリピンで書いた修論、締切1カ月前にUSB壊れて、文献もろとも消えたドラフトのデータ。
本当に色々あった私の修論ですけれど…、終わってみたら、まさかの結果。追い込まれた時の底時から。

 これで、来年1月には、私の修士号取得が確定しました。
教育開発の修士号、ゲットですよぉー!
posted by Yukari at 22:22| Comment(2) | 日記

相変わらずでしょ?

9月28日:
 いつまで1週間以上前の話しをしてるんでしょうね。現在にブログが間に合ってませんね。
今日はお仕事休みですから、頑張ってブログ追いつくように更新しますよ!

 式典も終了し…、さてさて?私には大問題がありましたよね?式典が終わったら、思い出さなければならないことがありました。
そうです、式典の朝、フィリピンから全ての荷物を入れて持ってきたリュックサックの底が裂けていたということ。ここ青梅からそもそもどうやって帰るか、それを考えなければいけないんです。
 式典が終わったのが午後2時半で、この日の夕方は、元ICUの職員と1年以上ぶりに会う約束をしてました。最初、三鷹駅で会う約束をしてたのですが、三鷹駅周辺って、別にリュックサック買えそうなお店ないんですよね。
会う約束をしてるその人に電話し、式典は終わったんだけれど、朝からリュックサックの底が裂けて…みたいな状況を説明し、私たちが会ったら、まず最初に緊急でリュックを買いに行くのに付き合ってほしいことを話します。
吉祥寺のほうがお店は多いですが、こまごまと別れているお店を歩き回ることになり、万が一途中で壊れかけのこのリュックが崩壊したら大変です。というわけで、リュックの選択肢は少ないかも知れませんが、もう武蔵境の駅前で即決してしまおうと。

 青梅を出る時は、最後の最後まで職員の皆さんにご迷惑をおかけしました。皆さん、式典が終わったばかりで、その片づけなどバタバタしてるのに、同時に私のリュックをどうやって直すかを考えなければいけないんです、じゃないと私、ここから帰れない。
とにかく、青梅から電車に乗って武蔵境に行って新しいリュックを買うまで、そこまで今のこの底が裂けてるリュックに持ちこたえてもらわなきゃいけないんです。紙袋に入れなおすとかいう話しもあったんですけれど、4日間旅行の荷物はさすがに紙袋には入りません。というか重さ的に紙袋では耐えられそうにありません。
本当に本当の最終手段は、リュックサックをそのままゴミ袋に入れて持って行くことだって言われたんですけれど、私一応式典に出た身であってスーツ着てるんですよ。スーツにごみ袋背負って電車に乗る…、いやーそれはないでしょう!
安全ピンと布団用の縫い針とで、リュックの底を一時的に補修するという話しも出て、裁縫の得意な職員が、それを試みようともしてくださったのですが、…リュックの底って固いんですよね。
幸い、裂けているのが内ポケットの底の縫い目のところで、内ポケットにさえ物を入れなければ、メインのとこから直接外にはまだ繋がっていない状態でした。ただし、縫い目から破けているので、重みで今後、メインのほうも底が裂けて行く可能性は十分にありました。
 けっきょく、式典参加者の一人のアイディアで、とにかく内ポケットには物を入れずにメインのほうに全部入れて、さらにリュックに着いていた腰ベルトやその他の紐などでリュックを十字にしばって、つまり重みが底だけにかからないように、底がそれ以上広がりようがないように固定して、青梅を出ました。
その参加者の方は、式典が終わった時点で先に帰ることができたわけなのですが、私のリュックが途中で崩壊するかも知れないことを心配して、私といっしょにリュックの補修の間残ってくださり、武蔵境までいっしょに帰ってくださいました。

 さて、武蔵境で1年2か月ぶりの再会を果たした人と…。「とりあえずまず、リュック買に行ってもいいですか?これ、いつ壊れるか分からないんで」となります(笑)
ある程度の大きさのリュックって、選択肢はそもそも二つくらいしかなかったので、迷う必要もなく即決し。新しいリュックを買ってすぐ、お店の前のベンチで敗れてるリュックから荷物を全部詰め買えます…、ちょう恥ずかしい。とりあえずこれ、スーツ着てる人がやる行動じゃない!
付き合ってくれてたICUの元職員にも、そして武蔵境までいっしょに帰ってくれた人にも、日本滞在中にリュックが裂けた事件はさんざんからかわれました。70周年式典が行われることになった時に、「そういえば60周年式典の時は、石田さんのかばんが裂けて…って、絶対話題になるよ、伝説になるよ」って言われたり。
皇族の方ご臨席の場でスピーチをする機会は、もしかしたら人生においてまたあるかも知れないけれど、旅行中に全ての荷物が入ってるかばんが裂けるなんていう経験は、たぶん人生でもう2度と起こらない、そういう意味では、リュックが裂けた経験のほうが貴重だったんじゃないかって言われたり。

まあ確かに、旅行中にリュックが裂けるとか、狙っても起こせないですからね。とにかく私にとって運が良かったのは、リュックが外出中に裂けなかった、とにかく建物の中に滞在してる時に裂けてくれたことです。駅とか電車とかでばらまいたら、1日に2度、違う意味でNHKニュースですから!
それこそ、飛行機で荷物を預けてる最中なんかにリュック壊れてたら、もう中身の一部は戻ってきませんよ、きっと。
さらに運河よかったのは、周りに助けてくれる人がいる日にリュックが裂けたことです。さらに言えば、たまたま夕方は予定が空いていて、新しいリュックを買う時間がある日に壊れたことです。
もしこれ、翌日の朝に裂けていたら、翌日は早朝から広島日帰りだったので、リュックを買う時間もないですし、そもそもどうやって広島に行くのかと途方に暮れることになります。
もっと怖いのは、もしさらに翌日である水曜日の朝に裂けていたら、私は一人、成田空港のホテルに宿泊してて、誰も助けてくれる人いないですし、新しいリュックを買いに行く時間もお店もないのに、朝の飛行機でフィリピンに戻らなければいけないっていうピンチに追い込まれるところでした。

私が夕方会っていた人は、大学1年のころからの私を知ってます。良い面も悪い面も見てきた人ですし、私が大学時代に引き起こした様々なハプニングに巻き込まれた人ですし、私の名前なんて世の中にぜんぜん知られて無かったころからを知ってます。
互いに離れた距離にいて、会えなかったこの1年2カ月、たしかにその間に、イギリスに行ったり、本出版したり、就職決まったり、そして今日、式典でのスピーチを終えて、スーツで目の前に現れた私なんですけれど。
会って早々のお願いが、リュック壊れてるから新しいの買に行くのに付き合って…ですからね。そして二人で中身をお店の前のベンチで詰め替えるっていう。
大学1年の無名のころから、大切な機会を与えていただいた今日などまで、けっきょくのところ、何にも変わっていない私本来の姿。そして、日本滞在中にリュックが裂けるなんていう意味不明はハプニングが起きる割に、助けてくれる人がいるタイミングでそれが起きる運の良さ。
こういう、狙ってもできないドタバタや、皆さんの優しさに助けられてることも、大学1年の時から何にも変わって無い。相変わらず見てて飽きない、今日も最初から笑わせてくれるよねって言われました。いや、私真剣ですから。
もし突然何もかも嫌になって頑張れなくなっても、周囲からの期待に応えられなくなっても、別に何って頑張って無い時でも、私は石田さんその人を見てるから、結果を出せなくなったから離れて行くなんてことはないから、傍にいるからねって言っていただいた言葉。
存在そのものが大切だって言ってくれる人が、また一人増えて行くこと。無名のころから現在にかけて、結果などに関係なく私と関わり続けてくれる人。
この人たちのおかげで生きてる、こんな人たちの中で育って今があるって、…心から思います。
posted by Yukari at 18:21| Comment(0) | 日記