2015年10月05日

人を大事にすること(後半)

9月28日:
※前の記事の続きです。

 会食の時、沢山の方々から「スピーチよかったよ。感動しました」などと声をかけていただきました。「あなたがICUにいてくれたこと、埃に思いますよ」と言って下さったICU関係者の方もいらっしゃいました。
また、フィリピンの障害者のために何かできますか、もしよければ…など、色々と提案やアドバイス、協力を申し出てくださった方々に出会えて…、みんながそうして、フィリピンの私たち障害者のこと応援してくれること、嬉しく思いました。
そうやって声をかけてくださった人は、みんなきっと私より30歳以上年上の人たちで、立場有る人たちで。視覚障害者の先輩で、遠い存在だと思っていた人から、視覚障害者の国際的な繋がりにも力を入れて行きたいから、若手の力も必要だからよろしくねと言っていただいて。
こんな、つい1カ月前まで学生だった、まだ別に何の立場も持って無い私相手にですよ。そういう先輩方に共通しているのが、人を大事にしているっていうこと。
みんなから認められるような立場になるためにすべきなのは、先輩にこびることじゃない、後輩を大事にすることなんですね。思い返せば、私が尊敬している先生方や先輩方ってみんな、私を大事にしてくれる人たちなんです。
お世話になっている人を大事にする、お世話になった人に感謝する…、それは私も分かってました。でもお世話になった人だけじゃなくて、人を大事にすること。
たぶん今の私に足りないのは、今の私に必要なのは…、それです。

いいえ、けっして、後輩を大事にしてこなかったわけではないですよ。家庭教師で担当した子たちなど、とっても大事です。
でも、仕事と修論を両立し始めた6月、それから4カ月、何だかとにかく忙しかった。いや、忙しいと思ってた。家庭教師先の元生徒たちの誕生日にはかならずメールを送ってた私が、今年は二人とも気づいたら日にちが過ぎてたんです。
そんな私に、相談メールや報告メールなどを送ってきてくれる後輩たちがいるんです。にも関わらず、もちろん相談に返信したメールもあるんですけれど、忙しさにかまけて読むだけ読んだ、結果的に言えば無視したのかも知れないメールがあります。
私がメールを返さなかった子たちは、私が忙しいからメールしたら迷惑かなって、たぶん思いましたよね。そうするときっと、後輩たちはだんだんメールを送ってきてくれなくなる、それって人が離れて行くということ、正しい道を歩んでいない、人を大事にしていないってことなのに…、4カ月間なぜ忘れてた、なぜ気づかなかった。
点訳ボランティアさんたちでさえ、もちろんお礼のメールなどは出していたのですが、「要件のみにて失礼いたします」だとか、「現在仕事に追われてバタバタしていますので、また改めて近況をお話しします」などという言葉が、私からの短いメールに並びました。
言い訳のしようがないですね、6月からの4カ月、私は人を大事にすることを忘れてた。全力疾走すること、時間を効率的に使うこと、計画通り進めることが正しいと思ってた。もっともっと大切なこと、間違ってた優先順位。
意識してたわけじゃないんですけれど、無意識のうちに、自分への利益みたいなの計算して。この時間は意味があるのか、利益があることに時間費やすのを優先しようみたいな…、食事の後の食卓での雑談、フィリピンの友だちからの別に意味のないメッセージのやりとり、そんなのに使ってる時間ないよって思ってました。
私、間違ってましたね。人を大事にすることが何より大事、お仕事でもプライベートでもそれが何より優先順位の第1位。

 6月から数えて、7月8月9月…、4カ月。ああ、また4カ月か、石田由香理の黒歴史4カ月…、何だかイギリスとかぶりませんか?
これ、パターンなのでしょうか、新しい国で新しい場所で、何とか自分の立ち位置を築こうと奮闘して、大切なもの忘れてる、4カ月くらいしたところで行き詰る。
イギリスの時は体調壊して逃げ帰った日本で、「環境のせいにしてばかりで、環境を変えようとせずにもんくばかり言ってると、周囲は離れて行くよ。環境のせいにするんじゃなくて、環境を変えて行け」と恩師から教えてもらって復活しましたよね。
今回は、式典に出席することは半年以上前から決まってて、この時期に日本へ帰国してお世話になっている方々に会えたことは、たまたまだったんですけれど。タイミングとしてはベストだった、このまま道を間違えるかも知れなかった分かれ目の4カ月に、たまたま軌道修正ができて。
「周囲に応援してくれる人がまだいる限りは正しい道を歩んでる」ということと、「人を大事にする」ということ…、大げさかも知れないですけれど、人生で頭に置いておきたい2本柱な気がしました。
この2本柱さえ守っていれば、もう道に迷わない。漠然としているかのような言葉なのに、どんな状況にもどんな人にも当てはまる、先輩方の経験から生まれた深い言葉だなって思います。

 式典の後の、ビデオ上映の時に、こんなこと考えて、何か人生のサトリみたいなのを開いてた…、そんな感情にいたのはたぶん私だけでしょう。
最大限張りつめた緊張感が温かいお茶で溶けた後は、無駄に感情豊かで色々頭おかしくなってますね。

さて、私はサトリなんて開いてる場合じゃないんですよ、まだ今回の式典は終わって無い、これから会食、その会食の場で私は、秋篠宮両殿下とお話しする機会を与えていただいていました。
そう、私の今日のお役目はまだ終わって無い、むしろこれからかも知れないのに、式典のスピーチを終えて緊張の糸が切れた私にとっては、もはや9割終わったような気分になってます。
両殿下へのご挨拶の話しは…、こういう場でどこまで書いていいか分からないので、皆さんのご想像にお任せして割愛させていただきますね。

 会食なども終わって、本当に全てのイベントが終わった後、今回の主催者である理事長さんが、また私と会う時間を取ってくださいました。昨日の夕方からずっとお忙しくしていらして、きっと誰よりもお疲れなはずなのに。
「ありがとう。スピーチ本当によかったよ」って、ものすごく温かい心からの握手をしてくださって。人を大事にする方っていう言葉、頭の中にまた浮かびます。
 私は直接その場の状況は見ていませんが、秋篠宮両殿下は、お出迎えで並んでいた聖明園の視覚障害のお年寄りと、一人ひとり握手をなさったと後で聞きました。利用者のお年寄りと握手、それは予定に含まれてたことではないんです。
人を大事にすること…、ここでも当てはまるこの言葉。
 今回の式典に出席する機会を与えてくださった理事長には、いくら感謝してもしきれないと思っています。そこで与えていただいたのは、スピーチの機会だけじゃない。もっともっと大切なこと、大切な出会い、大切な言葉、学ばせていただきました。

posted by Yukari at 00:49| Comment(0) | 日記

人を大事にすること(前半)

9月28日:

 私のスピーチが式典の最後だったので、席に戻ると式典はそのまますぐ終わります。ここから30分ほど、参加者はみんな部屋を移動して聖明福祉協会立ち上げからのビデオ上映を見、その間に会場では会食の準備が行われます。
職員は皆さん会食への会場準備で忙しくなるので、参加者の中で私のことを知っている人が、私を手引きしてビデオ上映の場に連れて行ってくださいました。
上映の場にはお湯が置いてあって、お茶などをセルフサービスで飲めるようになっていて、その手引きしてくださってた人が、私に小さな紙コップに入った温かいお茶をくださって。
椅子に座って、温かいお茶を手にした時、紙コップを持つ自分の手がかすかに震えてることにようやく気付きました。何だか、寒い雪の中から助け出してもらって、ようやく温かい家に辿り着いた気分。
この時いただいた温かい飲み物は、本当に嬉しかったです。緊張で張りつめていた心が、溶けて行きます。それと同時に、ああ、終わったんだ、無事終わったんだって。
隣にいてくれる人も、何だかきっと私のその様子を分かってて、私が温かい飲み物である程度落ち着くまで、話しかけずにそっとしておいてくれる優しさ。

 人が揃って、ビデオ上映が始まりました。聖明福祉協会立ち上げからの60年を振り返る15分くらいのビデオなんですけれど。
私の心がまだ落ち着く最中だったので、誰の言葉だったのかなどの詳細までは覚えていないのですが、そのビデオの中で、協会の理事長のことを「人を大事にする方」と言い表している人がいて。
さっきまでの張りつめてた緊張感と、ようやく得始めた安心感とが入り混じって心が溶けはじめてるそこに、「人を大事にする」っていう言葉、すって入ってきたんです。なんだかその言葉だけ鮮明に覚えてて、「ああ、これなんだ」って思って。

 ブログを読んでくださっている皆さんは、8月までと違って、9月頭の上の人たちとのミーティング以来、どうも私がずっと精神的にも肉体的にも体調があまりよくないってこと、お気づきですよね?
9月は、イギリス滞在中の最初4カ月に負けないくらいつらかった…、ストレス性扁桃腺なんとかとかで声が出なくなったのなんて初めてです。自分がやってること間違ってるのかな、私、この道歩いてていいのかなって。
大学1年生の冬、私が道を見失いそうになって、高校時代の恩師に助け出していただいた時。色々に自信がなくなってた私が、「私がやってきたことは、正しいですか?」って先生に聞いたんですね。
「周りに応援してくれる人いるでしょ?応援してくれる人がいるってことは、正しいんじゃないの」それが先生に教えていただいたことでした。
それ以来、自分の周囲に応援してくれる人がまだいるかどうか、それが正しい道を歩んでいるかどうかの判断基準になっています。
フィリピンのみんなは、私の周囲にいてくれてる、私がプロジェクトを立ち上げるのを応援してくれてる。でもオフィスにいる時、上の人たちが私から離れて行った…、人が離れて行くってことは私がやってること間違ってるのかな、私はどこに向かってるのかな…それが分からなくなり始めてました。

 日本に帰国して、初日に泊めていただいた家で最大限の優しさと温かさをいただきました。湯船にお湯入れてくれて、普段料理なんてあまり作らない家なのに手料理出してくれて、成田空港に荷物まで取りに行って終電で帰ってきてくれて。
翌日の日曜日、高校時代のもう一人の恩師と1時間だけ会ったんです。自分が悩んでることや、はじめて人から、責任感がないって言われたこと。プライドが高い、素直じゃない、社会を知らない、責任感が無い…、これら全部、先月言われた言葉。
でもそれを話したら、みんなびっくりしてくれるんですよね。土曜日に泊めてくれた家の人も、日曜日にお会いした先生も、そして月曜日に会った元ICUの職員も。それきっと、責任だと思ってるものが違うと言ってくれる人や、「石田さんで責任感がないんだったら、誰にあるの?」と言ってくれた人。
高校時代の先生なんて、うちの大事な子になんてこと言うの、何て扱いするのって言いたげな雰囲気で。そのままでいいんだよ、積み上げてきたものは間違ってないよって、何も道は間違ってないよって、教えてくれたみんな。
離れて行ったのはごく一部の人であって、昔からの日本のみんなが変わらず応援してくれている状況を知って。まだ応援してくれる人がいるってことは、私がやってること間違ってない。こういう風に考えると、5年以上前に恩師が教えてくれたこの正しさの判断基準って深いですね。

周囲に応援してくれる人がまだいるかぎりは、自分は正しい道を行っている、その判断基準に加えて。じゃあ正しい道を行くためには何を気を付けてればいいか、それが「人を大事にすること」だと思ったんです。
お仕事でもプライベートでも、どんな立場になってもどんな活動してても、根底に置いていなければいけない気持ちだなって。教育でも開発でも福祉でも、どんなプロジェクトをやるか、効率は利益は持続性は妥当性は…、それはそうなんですけれど、何より根底に必要なのは、人を大事にするプロジェクトであるかどうか。
人を大事にしないプロジェクトは続かない、人を大事にしない人からは、周囲は離れて行く…、周囲が離れて行くということは、それって正しい道を歩んでない。何だかしっくりきた、何だか繋がった。
※次の記事に続きます。
posted by Yukari at 00:06| Comment(0) | 日記