2015年10月21日

私も7番目の子ども(その2)

10月10日:
※ 前の記事の続きです。

 そうやって一通り挨拶を済ませた後で、テンテンがちょっと遠慮がちに、「えっと、実はね?私たち今ここで、フィリピン盲女性連合のミーティング中なんだけど…」と言います。
「え?あ、ごめんなさい、どうぞ続けて」…私は思いっきり会議の邪魔したみたいです、すみません、会議中にケーキ持って乱入しました。でも、事前にこの日、2時ごろ行くってことは伝えてあったんですけれど。

「いいよいいよ。由香理、最近はどうしてるの?仕事のほうはどう?」「由香理といっしょに来た友だちは?名前何て言うの?何してる人なの?」「あなたたちどこで知り合ったの?」などなど、おばちゃんたち会議中断して雑談に私たちを入れてくれました。
後ろでそれを、ニコニコしながら見守るうちのお父さん。私たちがケーキを持ってきたことに気が付いて、会議を邪魔したと私に気を使わせないために、早速そのケーキをキッチンに切りに持って行ってくれるテンテン。
私は、現在自分が立ち上げようと考えているプロジェクトについて話します、それを優しく受け止めるように全部聞いてくれるママテス…、今週末、テレビにも映るマッサージの先生です。
そんな話しを聞きながら、アドバイスや情報をくれたり、冗談言って笑いを巻き起こしたりする周囲の視覚障害女性たち。外国人で、一人タガログ語がほとんどしゃべれず、英語で紛れ込んだ私のために、周囲は会話を英語に切り替えてくれます。
彼女たちだって、英語を日ごろから使っているわけではないので、もちろんタガログ語のほうが楽なんです。まあ言い換えれば、英語でも会話できるくらい、大学まで出た特別な視覚障害者たち、いわゆるフィリピンの盲女性を本当の意味で代表するずば抜けて優秀な人たちのほとんどが今ここに揃ってます。

 さて、会議をこれ以上邪魔してはいけないので、そしてお母さんに会いたいので、私は奥のキッチンのほうへと引っ込みます。お父さんもキッチンのほうに来てくれて、久しぶりに両親と食卓を囲みます。週末だけ帰ってきてる、1番上のお姉ちゃんもいました。
リビングのほうでも、ケーキなどを食べながら会議を続けてるようですが、私たちもおやつを食べましょう。フィリピンでは、他人の家を訪問する時は、何か食べ物など差し入れを持って行くのが礼儀です。
だから、今日はいっぱい食べ物があります、私が持ってきたマンゴーケーキ、午前中だけここに来ていた人が置いて行った2種類のアイスクリーム、プトというお米の粉で作った蒸しパン。
お母さんが、お手伝いさんに小銭を渡して、外でコーラとスプライトを買ってくるように言ったので、飲み物もゲットです。ちなみにフィリピンでは、お水以外は、冷たい飲み物なら炭酸飲料、温かいとちょう甘いコーヒーというのが一般的です。

 リビングのほうに残っていた私の友だちも、キッチンのほうに呼びました。さあ、ケーキ食べますよぉ!って、なんだ?家の中に入ってきた四足の足音。
「え?犬!」と隣で友達びっくりしてます。すみません、うちの家、わんちゃん放し飼いなんです。もちろん、道路へ出るゲートは閉めてあるので、うちの家の敷地からは出られないんですけれど、家の周りは自由に走り回れますし、今日のように玄関を開けっ放しにしている日は家の中にも入ってきます。
「ミゲル?ミゲルなの?」と私が呼ぶと、この子まだ私がここにいたことちゃんと覚えてるので、私が座ってる椅子の真横までやってきて、椅子の横にぴったりくっついて、すごい嬉しそうにしっぽ振ってます。ちなみに、ラブラドールの牡なのでけっこう大きいです。
「ミゲルは由香理を覚えてるのね」と嬉しそうにお母さん。ミゲルの頭をしばらくなでていると、床に座ってここから離れない体制になり、しまいにゴロンとお腹見せて床に寝転ぶミゲル…、椅子の上からじゃ届かないので私も床に下ります。私、ケーキ食べられないじゃないか。
そうやって数分ミゲルと遊んでて、「由香理、ケーキそろそろ食べたら?」とお母さんにタガログ語で言われたので、手を洗って再び食卓へ。
※ 次の記事へとまだ続きます!
posted by Yukari at 18:09| Comment(0) | 日記

私も7番目の子ども(その1)

10月10日:

 最近、記事の日付が行ったり来たりしてしまっていてごめんなさい。もうすぐ、このブログは実際の日にちに追いつきますから、もう少し過去にお付き合いください。
10月10日、今日は以前ホームステイしていた家の、ホストシスター(弱視」の誕生日です。誕生日が10月10日だから、彼女のニックネームは「テンテン」。
ちなみにフィリピンでは、このように2音を繰り返すニックネームがよくあります。たとえば、ニノイ・アキノ大統領のニックネームは「ノイノイ」です。
 たまたま、10月10日は土曜日だったんですよね、おっと、お休みの日じゃないか、私、ホストファミリー訪ねられるじゃないか。ようし、バースデーケーキ持って、ホストファミリーのところへ行きましょう。

 現在も私は、一つの家庭にホームステイしていますが、ここの家の子どもという感覚は互いにありません。あくまで置いてもらっている他人の家という感覚は、いつまでたっても抜けません。
他に書き表しようがないので、ホストマザー、ホストファザーなどとここに書いていますが、実際にはホストマザーのことも「●●先生」と呼んでいますし、ホストファザーのことも、「●●さま」のような、英語でいうと「Sir」を付けて呼んでます。
けっしてよそよそしいという意味ではないんですけれど、家族の一員になった感はないですし、気の置けない場所…と言えるのかどうかは分からないです。たぶん、下手に日本人同士だったりするから、よけいにいつまでたっても他人行儀感が抜けないんだと思います。
 私にとってのフィリピンの家、フィリピンの家族、ホストファミリーはやっぱり3年ほど前に8カ月間暮らしたあの家なんです。以下、私がお父さん、お母さんなどと言う時は、全て前の家のホストファザーやホストマザーを意味していると思って下さい。

 うちの家の説明をちょっとすると、お父さんは視覚障害者の世界ではかなり名の知れた人です。フィリピン盲人連合の、2.3期前の会長なので、彼の家に住んでいる(=彼の娘のようなもの)というステータスのおかげで、私はこっちの視覚障害者コミュニティに入れてもらえたようなものです。
そしてお母さんと子どもが6人、全員私より年上ですでに働いてます。3番目の女の子が弱視で、今日のバースデーガール、テンテンです。
今この家に残っているのは、両親とテンテン、そして通いで日中だけやってくるお手伝いさんの4人です。週末だけ、車で1時間ほど離れた都心で働いている1番上のお姉ちゃんと末っ子の男の子が帰ってきます。
ちなみに、2番目のお姉ちゃんはカナダ、4番目のお兄ちゃんはオーストラリアにいます。4番目と5番目が双子で、フィリピンでは双子がいっしょに育つと病気にかかりやすいという迷信があるため、5番目の女の子はお父さんのお姉さんの家で育ちました。

 この日は、朝からショッピングモールで日本人の女の子と会っていました。二人でランチして、バースデーケーキ買って、それを持ってうちの家に向かいます。チョコレートケーキやティラミスとかもあったけど、フィリピンはフルーツのケーキが絶対1番おいしい…ということで、選んだのはマンゴーのホールケーキ。
 家には、いつもの4人と、週末帰ってくる二人くらいかなって思ったら…、あれ?家入ってびっくり、何打この盲人のたまり場は!今週末放送のテレビにも出てくる弱視女性と、その他私が1度だけ会ったことある弱視女性が3人、そして彼女たちのガイドやら息子やら。いや、視覚障害者もっといたかも知れません。
この家に来るのも3カ月半ぶりくらいなので、「お父さん久しぶりぃ」「テンテン、お誕生日おめでとう」、「今日はね、日本人の友だち連れてきたよ」などとやっていて
むこうも「いらっしゃい。今日はママテスも来てるよ。あと、ジェニと…」
「ハーイ由香理、久しぶり」
「そして、シーラとアヤ、覚えてる?8月のイベントで会ったでしょ?」
 …こういう時焦るんですよね。あのですね、むこうにとっては日本人の全盲は私だけかも知れませんが、私にとっては1回挨拶を交わしただけのフィリピン人は違いが分からないわけですよ、名前なんて1回で覚えるのは正直無理です。
それも、いっしょにご飯食べたとか、その人だけに出会ったとか、名刺交換したとかならまだしも、300人以上集まったイベントで、1回挨拶したって言われても…、いや無理ですって、覚えてるわけないですって。
私の反応が微妙だったことから、こいつ絶対見分けついてないぞっていうのがばれてしまって、アヤさんに、「いいよいいよ、私のことは覚えて無くても」って笑いながら言われてしまいました、ごめんなさい。
ちなみにこの時、その他のジェニンとシーラも、私別の人と混同してて、あとで話しながら、あああの時会った人かって心の中で情報を修正したんですけどね(笑)
※ 次の記事に続きます。
posted by Yukari at 17:44| Comment(0) | 日記

2015年10月20日

マヨネーズ作り

10月20日:

 フィリピンをようやく出て行った台風24号ですけれど、やはりルソン島北部のほうには甚大な被害を及ぼしたようですね。バギオと言って、大統領の夏の別荘になる、北部の山のほうの涼しい地域があるんですけれど。
首都圏のほうから繋がる高速道路も一般の道路も全部この台風で遮断されたらしく、現在バギオは世の中から孤立した地帯となったようです。他人事じゃないですよ、3週間前までインターンとして働いてた私の友だちは、現在そこバギオにいますから。
まあ、とにかく彼女とは連絡が取れているので、無事なことは分かっているんですけれど、ここ3日間ほどほとんど停電だそうです。
 今日の朝食時、うちのホストファザーとホストマザーが話していたのは、「大統領は喜ぶだろうねぇ。バギオに繋がる道路を直しますって言えば、間違いなく国民の賛同を得られるだろうから」と。
フィリピンでは、来年の5月が大統領や副大統領の選挙で、現在立候補者が明らかになってきている時期なんです。だから立候補者はそれぞれ、自分が大統領になったら何を成し遂げるかをアピールしてます。まあ、絶対いるでしょうね、このバギオに繋がる道路を直しますって言う人。
ってか、うちのホストファミリーいわく、政治家たちは、あえて3年くらいで壊れるような道路を作ってるらしいです。それで、自分の任期中に道路が台風や洪水で遮断されたのを復活させれば、国民の英雄ですから。
あえて3年くらいで壊れる道路を作るために、人件費含めて莫大なお金を使う…、そのお金あったら、障害児教育の促進プロジェクトにほんのちょっとでいいから分けてください。間違いなく、彼らより有効に使うから。

 私はフィリピン人じゃないので投票できませんが、来年、副大統領に立候補する人の中には、かなり応援したい人がいます。その人が副大統領になったら、フィリピンの障害者の生活変わるんです、きっと。
今から3年前に、飛行機事故で亡くなった政治家がいるんですけれど。フィリピンの政治家って汚職があたりまえの世界で、彼だけはみんなが認める、本当にいい人だったんですね。本当に誠実な人が事故で亡くなったから、飛行機事故は嘘なんじゃないか、暗殺されたんじゃないかっていう噂が今でも言われています。
彼がいい人っていうことまでは国民の誰もが知っていますが、彼のお父さんが全盲だったこと、そして彼の兄弟に3人も視覚障害者がいることは、たぶん視覚障害者の世界でしか知られていません。政治に詳しいうちのホストファミリーは少なくとも、彼の家族に障害者がいることを知りませんでした。
で、今度副大統領に立候補すると言われているのが、亡くなったその人の奥さんなんです。もちろん、障害者たちと血のつながりがあるわけではないですが、でも義理のお父さんが全盲、義理のお兄さんとお姉さんも全盲、義理の妹が弱視ですよ。
少なくとも、1度はそのような障害者たちを直接見たことが有る、少なくとも1度以上直接会話したことがあるであろう人です。そのような人が国を動かす立場に出て来てくれるのは、私たち障害者としてはかなり期待です。
ご主人のことがあるので、とにかく彼女の身の安全を祈りたいですね。

 さてさて、ちょっと2週間以上前の話しにまた戻ってもいいですか?10月4日(日曜日)のお話です。
うちの家は、ホストマザーが日本人なこともあり、ふりかけやマヨネーズなど日本から買ってきた調味料があります。また、近くの韓国食材のお店で、日本のとはちょっと味が違いますが、豆腐やワカメや日本マイに近いお米も買います。
でもこの日、ついに日本から持って来てたマヨネーズがなくなったんです。フィリピンにも、マヨネーズと呼ばれるものは売っているのですが、こっちのマヨネーズってなぜか甘いんです!
いや、それはそれで悪くはないんですけれど、野菜とは合わないと言うか、レタスに甘いマヨネーズはちょっと…みたいな。フィリピン人のお手伝いさんでさえ、フィリピンのマヨネーズは味がちょっと…って言ってたり。
それでけっきょく、日曜日の夜だし、じゃあマヨネーズを作ろうよってことになったんです!

 有色後、私とホストマザーはのんびり散歩に出かけます、近くのショッピングモールまで。卵とお酢とマスタードと…などなど必要な物を買い揃え。
 夜8時過ぎ、台所に立つ女3人。フィリピン人のお手伝いさん、ホストマザー、そして私。マヨネーズ造りは泡立て器で15分くらいかき混ぜる必要があるので、3人でかわるがわるかき混ぜてかき混ぜて。
できたぁ、マヨネーズ!何だか、こういうのどかな時間の流れが、ああ日曜日って感じ。
 翌朝は、作りたてマヨネーズをフレッシュな野菜たちに乗せたサラダでした。
posted by Yukari at 23:58| Comment(0) | 日記