2015年10月25日

午後だけなのにとっても充実!

10月24日:
 午後12時半、私の家から徒歩6分くらいの、ICANのスタッフハウスとも言えるところに、続々とランチに集まる日本人スタッフ。午前中仕事だった人もいますし、私のように今日は1日休みだった人もいます。
普段はそこまで、休みの日に集まったりはしないんですけれど、今日はこの後お楽しみがあるんです。今日は現実とか、帰宅してから貯まってるやらなきゃいけないこととか全部忘れて、時間にも追われず楽しむ日なんです。
私合わせて日本人4人、最年少が私です。とにかくまずはここで、フィリピン人のお手伝いさんが作ってくれたおいしい手作り料理がお昼ご飯。お昼を食べたら、さあ外出しましょう。

 バスで約20分、日本人のオーナーさんがやっている、日本のカフェがあるそうです。職場の先輩が、他の私たち3人をそこに案内してくれました。
確かにすごいです、抹茶、ほうじ茶、日本茶に玄米茶、さらに冷たい飲み物は抹茶ら手やほうじ茶スムージー、ドラヤキにわらびもち、豆腐アイスクリームや京都で食べるような和菓子まで。
私たちはすでにランチが終わっていたのでここでご飯を食べていませんが、ウドンや揚げ出し豆腐などあるようですね。
ちなみに私のチョイスは、温かい抹茶と豆腐アイスクリーム(黒蜜掛け)です。こういう輸入した食材で外国人向けにやっているお店ってとっても値段高かったりするのですが、私が頼んだこの2品で日本円換算すれば700円弱。
まあ、フィリピンの物価で言えば、確かに2食は食べられる値段ですけれど、でも輸入の食材でオーガニックな本格的なもの出してくれるお店としてはかなりお手頃です。
 私たち以外に、私たちの知り合いでもある日本人女性と、その友だちなどなど、お客さんが8人プラス、お店のオーナーさんとその娘さんなどでテーブルを囲んでました。時間がのんびり流れます。

 オーナーさんが、雑誌などのページのきれいな写真を活かした紙袋の作り方をご存知で、ぜひ私たちICANが事業としてやっている、路上の子どもたちが経営するパン屋さんでも、この紙袋を活かせないかなぁと。
というわけで、スタッフの内二人は、紙袋の作り方を習い始めたり、もう一人は他の日本人の人たちと話していたり、私は主に、年が近いオーナーの娘さんと話してました。
その娘さんがパッケージのデザインをしている、不思議な化粧水に私は夢中です。スプレータイプで、乾燥も肌荒れも防げるという優れもの、全て天然の材料で作られた…。びっくりするのは、その化粧スリにも混ぜてあるお水でバナナを洗えば、冷蔵庫で2週間おいててもバナナが黒くならない、まだ食べられるんです。
まだ販売が始まって無いらしくって、これの販売が始まったらぜひほしい、化粧水に混ぜてある桜の香りもお気に入りでした、癒されます。

 午後6時ごろカフェを出て、二人はそこで帰宅し、私ともう一人は私たちが住んでいるところ近くのショッピングモールに向かいます。そこの地下に、私の友だちである視覚障害夫婦がやっているマッサージコーナーがあるんです。
テレビ番組の中でも、視覚障害者向けの職ぎょおう訓練センターを訪問していますが、この夫婦も20年くらい前に、その職業訓練センターでマッサージのトレーニングを受けた人たちです。
技術はかなりあって、しかも平均よりちょっとお手頃な価格でマッサージをやってくれるのに、惜しいのは場所が悪くて。このショッピングモール、食料品やパン屋さんがある1階などは人が沢山いるのに。
地下は骨董品と時計屋さんくらいしかなくて、地下に下りてくるお客さんがほとんどいないから、知って無いとここにマッサージがあることなど気づかれません。彼らは月曜日から日曜日まで休み無く午後1時から9時までお客さんを待ってるのに、けっきょく1週間で数人とかなんです。
値段は、上半身だけだと450円、全身なら750円。これで1週間に数人ですよ、夫婦二人ともこの仕事で高校生の息子さん。生活できないですってば。
だから決めたんです、うちのスタッフたち、デスクワークで皆さん疲れてますから…、ICANのスタッフにどんどんここのマッサージを紹介していこうと。オフィスから歩いて行ける距離ですし、就業時間の後まで開いてますし。

 さっきのカフェで買ったお土産を二人にわたして、先輩と二人、それぞれ30分のマッサージをしてもらい、4人でその後しばし雑談。
そして、先輩と二人で、食料品など買いにちょっと別のスーパーに寄って、のんびり帰ってきたら夜8時。
 たった7時間半しかたってないのに、ものすごく充実してるこの満足感。まだ土曜日、明日もまだ日曜日があるっていうのが嬉しいですね。
posted by Yukari at 14:34| Comment(3) | 日記

2015年10月23日

タガログ語の個人レッスン受け始めました

10月23日:

 最近、朝ぎりぎりまで寝てて(8時ごろ?)、ご飯食べてあわててシャワー浴びて、10時に間に合うようにオフィスへ行く私ですが、今日は珍しく6時起きです。
なぜか?7時20分から9時20分、勤務時間が始まる前に2時間、タガログ語のレッスンがあるからです。出勤した時には、すでに若干疲れてますけどね(笑)
 以前からここでも、8月末に修論を提出し終えたら、9月からタガログ語を本格的に学ぶんだ、語学学校へ行きたいなどと言っていましたよね?ちゃんと、口だけじゃなくて実行しますよ!
 9月は、修論を終えた後の燃え尽き症候群みたいになったので、まあ、何もせずに過ぎて行きましたけど。10月から、語学学校や、個人の家で教室を開いているところ、あとは家に来てくれる先生はいないかなど、人伝いに情報を探しました。
けっきょく、障害者でフィリピンに長期間滞在した外国人なんてほとんどいないので、障害者を受け入れたことがあるタガログ語の語学学校なんて存在しないんです。ましてや、全盲だから印刷されたプリントやテキストは読めないから、データでもらうか、2カ月前にもらえば点訳を…なんて言ってたら、この国で語学学校通うの正直無理です。
それとは別に、通うとなるとこの国ではガイドが必要で、交通費が二人分になるのにプラスしてガイドの費用と…、授業の間ガイドはどこで時間をつぶすのかなどなど、色々厄介ですからね。

 けっきょく、私のホストマザーから情報を辿って、フィリピン大学の留学生たちを対象に個人契約でタガログ語を教えている先生が、うちの家に来てくださることになりました。
 交通費や家に来てもらうというサービス分、授業料は通いより少し高くなりますけれど、それでもガイドとの二人分の交通費を払いながら語学学校に行くのと、ほぼ同じ値段です。
ってか、フィリピンの物価にしてはお財布苦しいなって思うだけであって、これを日本円換算すると、2時間のレッスンで2400円くらいなので、日本でなら普通というか、むしろ家庭教師より安いですけどね。
 もう20年以上外国人にタガログ語を教えているプロなので、どんなレベルの人にも合う教材を持っていますし、本当のプロだからこそ、全盲の私に教えることを引き受けてくれました。
まあ、実際のところ語学ですから、別に教科書が読めなくても、口頭でレッスンは進められます。むこうが言ったことを、私自身で書きとって復習することはできるわけですし。

 私は6月から働き始めましたが、8月にさらに二人、職場に入ってきてるんです。すでに社会人経験がある人たちで、私が最年少職員なことは変わって無いんですけれど。なので、この二人もタガログ語初心者です。
週4勤務の私とは違って、プロジェクトマネージャーとして雇われてる二人なので週5勤務ですし、すでに事業地があるプロジェクトなので、外を飛び回っていることが多くて、定期的にタガログ語のレッスンを受ける時間など取れなくて。
でもやっぱり、ここで危機的状況にある子どもたちと関わって行くにはタガログ語習得必須なんですよね。幾ら英語ができても、それって高校や大学まで出た人としかしゃべれないですし、通訳を介して話すとやっぱり心繋がらないですし、タガログ語なら言い表すことができる気持ちや感情も、英語で話すとなるとうまく伝えきれない人もいます。
レッスンを受ける時間が取れない二人も、空き時間にタガログ語のテキストを見て、独学で覚えようとしたりはしているようですけれど、独学の限界は私が知ってます。
1日20個ずつ単語を覚えた、基礎的なフレーズは丸暗記した、ほぼ1年間ずっとそこまでやって、けっきょく日常会話をマスターできなかった私です。

 だからさっき、そんな二人と、縛りの無い気楽な約束をしました。それは、私の復習も兼ねて、私がレッスンで習ったノートを、メールで二人にシェアするというものです。
ただし、一応私はまったくの初心者ではないので、タガログ語レッスンの内容は、今の二人が必要なものよりは1歩先をやっています。英語に例えるならば、二人が中学1年の1学期、私が中学2年の1学期レベルでしょうか。
本当の基礎は独学で頑張ってもらうとして、だから別に二人のニーズに合わせるとかはせずに、私はただただ自分が習ったものをシェアします。人に説明するというのは自分にとってこれ以上ない復習になりますし、シェアしなきゃと思うことで復讐のモチベーションを維持できます。
二人にとっては、とにかく教材が何もないよりはプラスですよね。その代わり、けっして二人の今の段階に合っているとは言えない情報が来ること、先生からのレッスンを受けた後のノート…ということでクオリティはずいぶん下がること、まあでも、無料サービスの適当さなんてこんなもんでしょ?っていう、互いに気を使わない程度でやろうねというのが約束です。

 私の目標は、とにかく3月くらいまでに、周囲の会話の内容が大まかに分かって、簡単な言葉で口をはさめる程度になること。そして、来年の8月くらいまでに、簡単なインタビューくらいならタガログ語でできるようになること。
欲を言うならば、もちろんアカデミックなディスカッションができるレベルまでとは言いませんが、今から1年たつころにいは、基本的な日常会話ならタガログ語でも困らないと言えるようになりたいです。
posted by Yukari at 21:13| Comment(0) | 日記

2015年10月21日

私も7番目の子ども(その3、最終)

10月10日:
※ 前の記事の続きです。

隣にいた友達に、この家の家族構成を簡単に説明します。子どもが6人いて…などなど。そうしたらお父さんが、
「そして由香理は、この家の7番目の子どもなんだよ」と友達に向かって付け加えてくれました。「本当ですか?私もあなたの娘扱いでいいんですか?」と聞く私に、
「うちの子は7人だよ。由香理が末っ子」と迷わず答えてくれたお父さん。8カ月も暮らした家なので、いまだに家の中の配置はばっちりで、手を洗いに行ったりなど自由に動いてる私を、お母さんは嬉しそうに見守ります。
泣ける…、国籍も言語も違う私を受け入れて、うちの子だと友達に紹介してくれるお父さん。自分の本当の子どもたちと分け隔てないくらい大事に育てられたのは知ってます、でもうちの家族の一員だって、言葉として聞いたの初めてだったんです。
ついに私、家族がいるらしい、2年半国を離れても、途切れない家族がいるらしい…、この国に、フィリピンに。
知識と人脈を兼ね備えて、でも下手に口出しするわけでもなく、今はもう若い人たちが活躍すべきだと1歩引いたところからみんなを見守る素敵なお父さん。私が困った時には、かならず助けてくれる、さりげなく陰から支えてくれている人格者です。
そして、いかにも沢山の子どもを育て上げましたという感じの、包容力に満ち溢れたお母さん。子どもたちにお腹いっぱい食べさせるのが好きで、優しさや温かさが見た目にも表れてます。

 いつ帰ってきても、この家はフィリピンで1番落ち着く場所、フィリピンで1番安心できる場所、フィリピンで1番大好きな場所です。
「由香理、そろそろ彼氏できた?」と、コップ洗いながら聞く1番上のお姉ちゃん。
「私の彼氏なら、テーブルの下にいますよ」と、私の足元でしっぽ振ってるミゲルを指さします。
「違う、人間よ人間。誰かいないの、あんたそろそろ」「まだ探してます。お姉さんこそ、彼氏できたんですか?結婚はお姉さんの先を越しちゃいけないと思って」
ちなみにこの人、私の10歳くらい上で、いかにもキャリアウーマンっていう感じの、…申し訳ないですが一生独身で過ごしそうな、ちょっと言葉のきつい女性です。アジア人っぽくないというか、ストレートにものをいう人です。
「え、男?まだよ、私の基準に叶う男が出てこないのよ。優しくて高収入でかっこよくて、頭良くて、家事も何もかもやってくれて、私が養ってあげなくてもちゃんと自分で生きていけて…、そういう男出てきたら、結婚してやってもいいわよ」
まあこんなことを、きれいな英語でまくしたてる長女なのでありました。これじゃねぇ、ちょっと彼氏は全て主導権握られますよ。背が高くてスタイルはモデル並み、そしてパリッと服来て、車に乗って颯爽と出かけて行きました。

「お父さん、そういえば、私の携帯を…、ちょっと直してほしいんですけれど。前に、私の携帯が壊れて、携帯ショップに持って行って、直してもらったんですね。機能としては治ってるんですけれど、彼らは音声読み上げソフトについて知らないから、読み上げ機能をオンにするやりかたを知らなくて。だから、いまだにこの携帯、しゃべらないままなんです」
こうやって私が何かに困った時、絶対に助けてくれる、絶対に解決してくれるのがうちのお父さんです。お父さんの力で無理な時は、それを解決できる人を知ってます。
今回も、全盲のお父さんには、しゃべらない携帯はどうしようもないのですが、読み上げソフトのインストールや設定などをできる健常者を知ってます。早速、近くのマニラ盲人教会に電話して、「そっちにホセいる?ちょっと由香理の携帯を見てあげてほしいんだけど」と連絡してくれるお父さん。
こっちに戻ってきて、「今ちょっと、ホセが出かけてるんだって。今日、その携帯、うちに置いて行ける?そうすれば、ホセがこっちに来た時に、直し解くから」

 さて、夕方の重体が始まる前に、そろそろお暇しましょう。リビングのほうに、鞄を取りに行きます。「私たち、そろそろ帰りますね」と、リビングにいた視覚障害のおばちゃんたちにタガログ語で言う私。
「あら、帰っちゃうの?まあね、重体始まるもんね。気を付けてね」と彼女たち。
すると後ろからお父さんが、「まあでも、由香理は近いうちにまたここに来るよ。何しろ、携帯置いて帰るんだから。来週にはまた取りに来るよ」と嬉しそうに付け加えます。
 家の玄関から出る私と友達、ゲートを開ける私たち。
「そこ、左に行って道路に出たら、タクシー拾えるから。由香理、場所覚えてるよね?」と、ゲートのところまで優しく見送ってくれたお父さんなのでありました。
posted by Yukari at 18:38| Comment(0) | 日記