2015年09月06日

本気で向き合って考えてきたからこそ「何もできない」ジレンマ(後半)

9月6日
※前の記事の続きです。

 私たちが外から現状を見ることで、目先のニーズしか見えていない当事者たちに新たな視点を提供できる、そういう言い方も確かにあります。しかし同時に、それは「自分たちと同じような生活ができることこそ幸せで正しい」という、私たちの価値観の押し付けではないでしょうか?
私たちの常識、私たちが学んできたこと、私たちにとっての幸せや価値観…、それらが正しいという保障はどこにもないのに。
障害児教育促進などと言う時に、つい想像してしまうのは、高校や大学にまで通って、生活スキルを身に着けて、社会の中で自立して生きている障害者の姿…、でも、それが正しいって、それが目指すべき姿だっていう保障はどこにあるのでしょ?
私たちの価値観、私たちの目標、間違ってるかも知れないじゃないですか。それをプロジェクトとして推し進めて、万が一間違ってたら、被害をこうむるのはフィリピンの障害者たちなんですよ。私たちの人生には、痛手がないのです。
 以上のように考えた時、下手に手を出せない、完全に正しいプロジェクトなど何もない、始められないという結論に至ったのです。

 上の人たちから、「何打、障害児教育の開発の専門家だと思って雇ったのに、その程度だったのか」という反応をされ。課題までは専門家じゃなくても見つけられる、解決策のプロジェクト提案ができないのか…と言いたげな。
1カ月前まであれほど夢描いてたのに、あれほど何とかしようとしてたのに、ここ数週間でいったい何が起きた?とも言いたげな上司がいたり。

 たぶん日本人の誰よりもフィリピンの(視覚)障害児教育と向き合って、本気で考えてきたつもりです。フィリピンの障害者の状況がどうにかならないものかと5年半考え続けてきて…、真剣に向き合おうとした。そこに人生捧げていいと覚悟した。
でもだからこそ、軽々しくこれが問題だからこうしたほうがいいですだなんて言えなくなった、そもそも自分たちは口出しできる立場なのかということも含めて…。
数カ月リサーチをしてプロジェクトを提案してそれが課題解決に繋がるだなんて思ってる、それは考えることを放棄した、向き合ってない証拠のように思います。

 少したとえは違いますが、たとえば親しい人にとっての大事な誰かが亡くなった時。本当にその知り合いのことを考えるなら、ただその気持ちに寄りそうことしかできないはずです。
ふさぎ込んでても仕方がないから外へ出たほうがいいよどこか行こうよとか、習い事でも始めて気を紛らわせたほうがいいよだとか、そんな提案を軽々しくできるのは、寄り添ってない証です。
それは知り合いのためじゃなくて、同じ苦しみに寄り添いたくないから、ネガティブな状況を見るのを早めに終わらせようとしてる、自分のため。
開発の世界にも、それが言える気がするのです。

 以上のようなことを考えていたら、教育開発の専門家としては、ICANの職員としては、仕事にならないんですけれど。出も仕事になるのがかならずしも正しいのかと。
 でも何かしたくてこの世界に飛び込んで6年、突き詰めていくと「何もできない」という結論に至るのはなぜでしょう?
posted by Yukari at 21:16| Comment(1) | 日記

本気で向き合って考えてきたからこそ「何もできない」ジレンマ(前半)

9月6日:
 さて、いきなりですが私、仕事を失う日も近いかも知れないです!あ、名誉のために言っておきますが、私の勤務態度が…とか業績が…とかじゃないですよ。
私は、ICANとして障害児教育促進のプロジェクトを立ち上げるために、あるいは立ち上げられるかどうかの可能性を探るために雇われました。そしてここ2カ月半の調査で私が出しつつある結論は、「ICANのプロジェクトとしては視覚障害児教育の現状に下手に介入できない」というものなのです。
ICANが障害児教育の事業を始めないのなら、もう私はいりません。自分の仕事確保のために、無理やりプロジェクトを立ち上げるのはおかしいですからね。
今、周りのスタッフもびっくりしてるというか、「え?なぜそうなった?」って、私の上司も思ってます。
現状が厄介すぎて放棄したわけでもない、問題がないわけでもない、プロジェクト立案の力がないわけでもない…、でも考えて考えて、当事者にとって本当に利益になるプロジェクトって何だろうと突き詰めた時、軽々しく提案などできなくなったのです。

今回のフィリピン滞在で、改めて既存の視覚障害児教育団体の活動や目標・理念などについて調査をしてきました。私はこれまで、ちゃんとした調査や計画に基づいて活動してる団体がないから、いろんな問題は解決されないんだと思っていました。
でも既存の団体たちは、思っていたよりしっかりしていたのです。ただしメトロマニラの、つまり首都圏の、就学している5パーセントほどの視覚障害者にしかそのサービスが行き届いていないのは事実ですが。
首都圏のすでに学校に通えている視覚障害者だけを対象として、本当に危機的状況にある障害者たちを見捨てている、私はそれをずるいと思っていました。でも既存団体も楽して結果だけ得たいわけではなくて、未就学児のこともちゃんと探そうとはしているんです。
でももう、どこにいるのかが誰にも分からない、見つからないのです。障害者は外に出てこない、地方政府も教会の牧師さんも病院もソーシャルワーカーも、自分の村に学校に行って無い障害者が存在するのかどうかが分からない。

…悔しいけれど、歯がゆいけれど、無理なんですよ、探せないんです。もはや1建1建家庭訪問して無理やり探し出すしか方法はなくて、それはお金と時間がかかるわりに、1年で発見できるのは数人…とかの結果になるので、開発のプロジェクトとして成り立ちません。
RBIや盲学校などフィリピン人たちが20年かけて見つからなかった人たちを、後から入った外国ベース団体であるICANが見つけられるとは思いません。
 95パーセントいるはずの学校に行って無い障害者…、ざっと見積もって90万人以上いるはずなのに、なぜこんなにも存在が見えないのか、なぜ見つけられないのか…、それは私にも分からないですけれど、それほど見つからないのです。
家庭内で放置されて衰弱死していても、そういう子たちは出生届けさえ出されていないので、世の中に存在を知られないまま人生を終えていて、私たちには見つけられません。たとえ捨てられていても、フィリピンのいつどこに捨てられるか分からない障害者を毎日捜し歩くこともできず。
せめて、障害者捨てるなら、家庭内でいないものとして扱うなら、1か所決まった場所に捨ててください…、そこに迎えに行くから。

障害事業をやるなら地方であって、私がいるべき場所はマニラじゃないということも押したのですが、地方はさらに障害者がちらばっていてアクセスできる人数が少ない、受益者を見つけられる保障はあるのかと、地方では活動をしたくないようです。
まあ確かに、この地方に3人います、車で5時間行った隣の地方にも二人見つけました…とか言っても、そんな少人数相手に何百万、何千万と使って開発のプロジェクトは行えないですし、5人の障害者が学校に行けるようになります…とか言って、そんな少ない受益者のために予算を出してくれる財団もないですからね。
それはNGOよりさらに小さい、個人レベルじゃないとできない活動です。ボランティアじゃないとできないというか。

 また、私は学業的知識を得ることよりも、本当は各自障害者が自分の障害そのものを理解し受け入れること、その上で自分には何ができるのかの強みを理解したり、自分のニーズを他者に説明できるようになること、自信を付けること、それらのほうがよほど重要だと思っているのですが、フィリピン人からあまり賛同を得られません。
私と似たような意見を持っていたり賛同してくれるのは、博士号まで持っている盲学校の校長先生など、いわゆる目先の問題を飛び越えて視覚障害児教育を数十年規模で総合的に見ている人だけなんですね。
その辺の視覚障害者団体のスタッフや利用者たちの興味は、とにかく全ての障害者が学校に行けること、とにかく就職してお金を稼げること。
目先の、今すぐ結果が得られる問題です。
自信やアイデンティティなど、身に着けてもお金に繋がらないことは彼らの興味じゃないんですよね。
賛同を得られないプロジェクトを立ち上げて誰が来るのか、長い目で見ればためになるというのはなかなか分かってもらえません。
※ 後半の記事に続きます。
posted by Yukari at 20:56| Comment(0) | 日記